岩和田小海岸

大波月海岸

上から1969年 1990年頃 2018年の撮影です。
僅か50年でこれだけ浸食されました。
2021/05 机の引き出しの奥から古い絵葉書が見つかりました。
背景の岩の形から50年以上前の物です。

同じく大波月 漁港よりの小岬です。
こちら側も同様に大きく浸食されております。

潮が退いていたので別角度から撮影。
1969年は反対側から人一人がようやく移動できる行きどまりの洞穴がありました。
手前が浸食されて干潮時には通り抜けが可能に。
プライベートビーチと言っても良いような小さな砂浜があります。少々広くなってました。
右側には洞穴の入り口。50年前はかなり高い位置にありましたが
これも浸食の所為でだいぶ低くなってました
海側から観た洞穴です。

※危険が伴います。行くのは自己責任です。


二又海岸

大波月の隣の海岸です。
上は1970年代の撮影。多少小さくなった雀島があります。
下二枚はは2019年の撮影です。
軍艦島と崖の間に少し突き出た岩を雀島と間違える方がおりますが
雀島は軍艦島と蝋燭岩の中間位ありました。
突き出た岩は浸食されて僅かに残った崖の一部です。
 
大潮、干潮時に失くなった蝋燭岩の跡から何とか行けます。

1969年の二又海岸中ほどから蝋燭岩を視た画です。

二枚目は1983年撮影 雀島がだいぶ小さくなっております。

ブロック製の海女小屋の現在(2019)は壁の一部が残っているだけです。

雀島の現在は浸食されてその姿は失くなりました。
干潮時にわずかにその痕跡が視られます。

これも引き出しの奥から見つかった絵葉書です。

岩の形から撮影は50年以上前と断定できます。

かっては道路からエントリーできる杣道がありました。
杣道の脇には海女小屋がありました。現在はブロック壁の一部が残っております。

砂浜は崖が浸食された分多少広くなってます。
かっての杣道は小川・小瀧の様です。
多少は登って行けますが無理はしない方が宜しいと思います。

下は杣道から振り返った風景。

戦前(詳細不明)の雀島の絵葉書
そして1969年の雀島。半分ほどになったネガもあるはずです。
見つかり次第追加掲載いたします。現在雀島は浸食されてありません。

1969年の軍艦島。そして2019年の軍艦島。

小納戸から視た風景

1969年隣の小納戸より撮影した二又。
モノクロームをコンピューター解析によりカラー処理。
撮影地の手前の草原はすでにありません。

googleEarthより転写 の位置から撮影。

A=蝋燭岩 B=雀島の有った場所 C=軍艦島

 海女の絵葉書と一緒に見つかった絵葉書
 私の画よりも前に撮影されたものです。


1969年。すでに焼失した小納戸の小岬より蝋燭岩と反方向を
A 蝋燭岩 B 雀島(雀島の有った位置) C 軍艦島 D 撮影位置 E 田尻  F 小浦 G 長浜の端 H 波月荘跡地

ABCを直線で見渡せたのは50年前です。Dの位置に小さな岬がありました。現在は浸食されて海面から僅かな岩の頭が見える程度です。

1969年当時すでにDと陸地の間には亀裂が入っていました。
しかし亀裂の狭い個所では容易にDに渡ることができました。
すぐ上の写真は、Hより2018/10/25撮影 田尻がかろうじて見えます。小浦は見えません。