昭和六年(1931) 十月、隠居した黒田が御宿を訪れ初めて伊藤に面接した。
 その時伊藤に贈られたものが自作の「五倫黌」の扁額であった。

 当初扁額には御宿全町民美擧の文字は無くそこには伊藤鬼一郎主唱とあった。

 伊藤はこれを受け入れられず黒田に対し切に之が修正を要望した。
 黒田は遂にこの文字を切り取って前記の如く改刻した。

  ※ 黒田哲川は黒田の号
  ※ 高笠山は調べましたが判りませんでした。書家の号?とかそれらしきものでは無いかと?

 ※ ネット上にある簡閲点呼式から数日後に風呂敷に包まれた云々、と記載されたものは事実とは異なります。

   サイズは機会がありましたら計測したいと思ってます。風呂敷に包まれるサイズではありません。

 扁額 (へんがく)

板,紙,絹などに書画をかき,門戸,室内などにかける横に長い額面で,枠つきの平面に表具する。
中国では古来,大きな建築物にその楼閣の名称を木などに彫り額として掲げたり,また建築の中で室名を示すために掲げたりしている。
 風雅な文字や吉語を書くところから一般の鑑賞の表具形式として使われるようになり,絵画作品にも応用されるようになった。

唐の李徳裕が玄宗皇帝の遺事を記した《程史》には〈……有富民。捐貲為扁額。金碧甚侈〉と,早くも扁額の字句が見え,宋の胡継宗撰《書言故事・拾遺類》には〈牌榜。曰扁額〉と説明されている。

日本では中国における扁額形式がそのまま踏襲され,書画の揮毫,鑑賞用に盛んに用いられているが,扁額流行の裏には別に神事にかかわる要因がある。
それは,日本には古くから神社,仏閣に対し,絵馬や額を奉献する習慣があるからである。
絵馬は多く馬図を描き,祈願者の氏名,性別,年齢,祈願目的などを記入し納める。
一方,神仏の威徳をたたえたり,事業成就の奉謝のために,豪華な額を献ずることが行われた。
また,和算の難問を掲示する算額,法楽のために数多くの俳諧,和歌を書きつらねた額も献ぜられるようになった。
いずれも絵馬から発生した同類の所業と思われる。扁額は和室の鴨居(かもい)の上に掲げる表装形式としても広く愛好されるにいたった。

五倫 儒教における五つの道徳法則、および徳目。

主として孟子により提唱された「仁 義 礼 智 信 」の五錠常とともに儒教倫理説の根本となる教義であり「五教」「五典」と称する場合もある。

「父子有親,君臣有義,夫婦有別,長幼有序,朋友有信」

父子の親・・・父と子の間は親愛の情で結ばれなくてはならない。
        父親は男子、特に長男に対して厳しく育てようとするし、子は時として反発も。
        父と子の間には親愛があればいい。しかし、それがなければ、うまくいかない。

君臣の義・・・君主と臣下は互いに慈しみの心で結ばれなくてはならない。
        義とは、他人に対して守るべき正しい道であるが、君主と臣下の関係ではそれを行うにおいて、 
        お互いに慈しむ心が必要である。

夫婦の別・・・夫には夫の役割、妻には妻の役割があり、それぞれ異なる。
        夫には父性としての義愛が、妻は母性としての慈愛が必要であり、夫婦の役割は異なるのである。

長幼の序・・・年少者は年長者を敬い、したがわなければならない。
        何しろ、長く生きているということは、そのことだけで尊い。年長者を敬うのは当然である。

朋友の朋友の信・・・友はたがいに信頼の情で結ばれなくてはならない。
            「朋」とは学びを同じくするもの。「友」とは志を同じくするもの。
            そこには、信頼がないと朋友にはなり得ない。

※ 南総八犬伝の 仁・義・礼・智・・信・ の珠は
  五倫に八犬士の数に合わせて忠孝悌を馬琴が加えたものと想像して調べましたらその通りのようです。
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