2003年2月分の書き込み

ぽせいどん  投稿日: 2月28日

レッドバロンは何回かみたので作ってみたい気が....。
マッハバロンはわからない。

スーパーカーはストーリーは記憶が無いのだが形は憶えてます。
池沢さとし氏からはじまったスーパーカーブームの時
どうしてもそっちを連想してしまいました。


食玩 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月28日

ご無沙汰致しました、この数日旅をして(ネット上の)新しく見つけたサイトの管理人さんに、食玩のネット販売をしているサイトを紹介され、早速、登録して購入してしまいました。
「懐かしのSFビークル」と言うSFドラマのマシンのフィギュアです。
2ケース購入したのですがレアの「スーパーカー」は残念ながらゲット出来ませんでした。
同時に「SFムービーセレクション」も注文しましたが、こちらは発売日がもう少し先ですからまだ届いていませんが、この中で一番ほしいのが「宇宙船XL5」です。
「スーパーカー」は私にはハッキリと見たと言う記憶が残っていないのですが、XL5はある程度ハッキリと覚えています。
着陸するときは真横になり、下方から逆噴射しながら降りていく場面、先端のロケットは分離出来たように思います。
主題歌も確か日本語の歌詞の物が有ったと思うのですが、残念ながら覚えているのは歌の中にXL5と言う言葉があったと言う事しか覚えておりません。
男性と女性の乗組員がいて、確かロボットもいたような気がします。
探検に出るときは、空中バイク?(浮き上がって進むバイクのような乗り物)に乗って移動していました。
小学生の頃、教科書やノートの端にいつもXL5の絵を描いていてよく先生にしかられました。
フィギュアを入手したら、それをモデルにまたあの頃のようにXL5を描いて見るつもりです。

雑誌「フィギュア王」の最新号を見ましたら、コナミから「超人ヒーロー伝説」と言う食玩(?)が5月26日に発売される、とありました。
「ファイヤーマン」「スーパーロボット レッドバロン」「アイアンキング」「流星人間ゾーン」「魔神ハンター ミツルギ」「シルバー仮面」「光速エスパー」、そしてレアアイテムは、あの「快傑ハリマオ」です。
ウーン・・これも是非購入したいですが、果たしてお目当てのハリマオは有るのかナ?


ありがとうございました(^o^) 投稿者:ゆみ  投稿日: 2月27日

ぽせいどんさん、今日は8000番Hit!ありがとうございました(^o^)
また、ボトメではいつも本当にありがとうございます

Yahoo!メッセンジャーの方、たまに11時過ぎに繋ぐことが
あるのですが、そういう時にかぎってなのでしょうか、ぽせいどん
さんのランプ点灯していないんですよ(+_+)
Yahoo!のボイスチャットのヘルプで、方法がようやく
分かりましたよ。先ほどメールさせて頂きましたので、今度
お付き合いくださいね。

ぽせいどんさんは深夜だけじゃなく、朝もネットに繋いでいるんですか?
「ああ8:00になってしまう」なんて時刻は違いますが、まるでシンデレラ
のような心境みたいですね。^^;
テレホのタイムリミットは午前8時までなのですか?
お忙しい中書き込みありがとうございました。
またボトメ流しますのでよろしくお願いします(^-^)


いや〜〜。 投稿者:GON  投稿日: 2月26日
いや〜〜、ほんと懐かしい。
今くるっとHPをめぐって来ました。
ほんと懐かしいキャラと海のキャラに癒された。
ロボットものが特に・・・・・
ロボットミュージアムにいつかはアラレちゃん
が入るのかな?(笑)
http://www.ismusic.ne.jp/mori/

とりとめなく・・ 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月25日
はい、境港です。
こちらですと、水木しげるさんのキャラクターグッズなども販売されているかとも思います。
水木しげるロードについて調べましたら、ぽせいどんさんのおっしゃっていたキャラクターの像も有るようです。
でも見たことが有りませんのでどのような姿、大きさなのか全くわかりません。
中途半端な情報で申し訳ありませんでした。
鳥取県出身の漫画家でもう1人、「名探偵コナン」の青山剛昌さんが大栄町の出身と聞きます。
こちらも私の住んでいる所から数十分の所です。
でも、「名探偵コナン」のテレビも漫画も、あまり見たことが有りません。
また、映画監督の岡本喜八さんは、米子市の出身です。
以前、NHKの「ひるどき日本列島」と言う番組でこちらに来られ、幼なじみと再会された番組が有りました。
私はその時、中継場所から歩いて数分の所におりましたので行って見たかったのですが・・・・
DVDの「遊撃戦」(岡本喜八さんも監督としてではないかも知れませんがタッチされています)は購入して見ました。
小坂一也さん、二木てるみさん、E・H・エリックさん、池辺良さん、中丸忠雄さん、三橋達也さん、西村晃さん・・他、懐かしい人たちが沢山出演していらっしゃいました。
映画と言えば、私はよく古本を購入するのですが、その中に時々変わった本が紛れ込んでいる事が有ります。
山手樹一郎さんの時代小説でしたが、最後まで読んで最終ページの何も印刷されていない頁に、『夜、雷雨の音を聞きながら寝ころんで読む シナリオ化のため』と、毛筆で記してありました。
昭和30年代の本でしたから、その頃テレビか映画に携わっていた人が読んだのかナー?と、思いました。
他には、その小説が映画化されたときの出演者と役名を記されている本(映画を見た人が感動し、原作となった本も購入して読まれたのでしょうネ)、栞として(?)健康保険証や暑中見舞いなど挟み込まれた本もあります。
新刊とは違った、何かほのぼのとした暖かみを古本には感じます。

境港ですか? 投稿者:とん楽  投稿日: 2月25日
「のんのんばあ」という作品は、水木氏自身の体験記だったそうですね。当然舞台は境港、NHKでドラマにもなりましたね。
平面ものなら「水木しげる妖怪画集」というのがあったと思います。数社から出ていた記憶があります。

水木しげるロード 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月24日
・・と言う、鬼太郎など妖怪の像が並んでいる所が、私の住んでるすぐ近くに有ります。
車で数十分の所なんですが私は一度も行ってみたことがありません。
鬼太郎列車(列車に鬼太郎たちの絵が描いてある)も走っています。
水木しげるさんは、鳥取県の出身なんですネ。

妖怪の資料 投稿者:とん楽  投稿日: 2月24日
たしか食玩で、水木しげる氏の妖怪シリーズがあって、砂掛けや子泣きもあったと思いますが。

ボトメまた拾っちゃいました。 投稿者:GON  投稿日: 2月24日

ぽせいどんさん。またボトメ拾ってやってきました。
新しくHPオープンしましたのでまた
お暇な時、是非遊びに来て下さい。

 そういえば、ぽせいどんさんPInk rose さんのところに
いませんでした?
http://www.ismusic.ne.jp/mori/


ぽせいどん  投稿日: 2月23日
<妖怪はどんどん増えていくのですか?
砂かけ婆と子泣き爺は是非とも作りたいと思っています。
但し資料が手に入ればですが...古書店を覗いたがありませんでした。
チロリン村とクルミの木のも同様です。
3Dの場合は一枚だけの画から作るのは難しいのです。
マッハ号の時のようにそれなりの量があれば.........。

ゼロテスター 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月23日

色々と探してみたのですが「ゼロテスター」に関して詳しく記されている雑誌は見つかりませんでした。
有っても、前回投稿した情報の域を出ないものばかりです。
確かに詳細なストーリー、登場メカ、放映リストなど記された雑誌を見た気がしたのですが・・・
以前資源ゴミとして本を出したときに一緒に処分してしまったのかも知れません。
まだ全て調べてはおりませんから、もしかすると見つかることも有るかも知れませんが、今回は時間切れで〃ギブアップ〃致します。
本当に申し訳ありませんでした。

平行して、検索もしてみましたら以下のサイトを見つけました。
懐かしいゼロテスター1号の勇姿を見ることが出来ます。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~watanabe/P057.html


チロリン村とクルミの木 投稿者:和田ノリ  投稿日: 2月23日
ぽせいどん様
水木しげるワールド拝見しました。メフィストの表情いいですね。妖怪はどんどん増えていくのですか?
ももの節句のひな人形も拝見しました。やはり、「ひょっこりひょうたん島」の人気は、ぽせいどん様のHPの中でも絶大な人気があるようですね。ただ、個人的には私は「チロリン村とクルミの木」の世代なので、もし我儘がまた聴いていただけるなら、「チロリン村とクルミの木」の3Dもお願いできないでしょうか。

いろいろ 投稿者:とん楽  投稿日: 2月22日
>ロボタン  胸の勲章見てくれ、頭のプロペラ見てくれ〜のうたには確かに「高く飛んだぞ5メートル」の歌詞がありました。
>NHK そのものずばり「小学3年生理科」だったでしょう。さんちゃん見てるよきのうも今日も、さんちゃん見てるよ大きな目玉、・・・・観察ノートを続けよう、でした。
>四つの目、肉眼、科学、時間、ミクロ、だったような気がします。「ケペル先生」が終わった後、曜日は違いますが、理科的好奇心を満たしてくれました。
このころ、まだ十代だった小林幸子が「チャンスだピンチだ」というクイズの司会をやってましたっけね。

では 投稿者:akkos  投稿日: 2月22日
お邪魔します。
あなたは天才と思います。
神様はずるいです。
あたしも絵うまくなりたい!!!!

もものせっく 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月21日
今年もひな人形載せました。
いろいろ考えたのですがひょうたん島です。
以前掲載したことがありますがモーニング娘も歌っていることだしよしとしましょう。

ヲユキ  投稿日: 2月21日
懐古人さんのそのHN通りの懐古振りにはいつも圧倒させられます。
私などは、記憶の片隅に残っている断片的な思い出を、時々に発行される書物、音源、映像(玩具・・も)など見聞きしながら、当時の事を思い起こすのが精一杯です。
その記憶も年々薄れてきますし、40年も前のこととなると殆ど実際に体験したことだったのか、それとも夢だったのか判別出来ないようなものも有ります。
しかし、記憶に残っている以上それは実際経験した事でなかったにしても、それに準じた何らかの実体験が有り、それをもとに私の夢、空想となったものと思います。
事実でなかったとしても、今ではそれらの記憶も私にとっては事実と言えるかも知れません。
でもやっぱり本当のところはどうであったのか知りたいですからネ、時々に思い出したことなどこれからも投稿を続けて行きますのでよろしくお願い致します。
懐古人さんの続報、楽しみにしております。

60年代前半の「おかあさんといっしょ」その2 投稿者:懐古人  投稿日: 2月21日

続き・・

一方、こうした「おかあさんといっしょ」に、「うたのえほん」が、昭和36年4月から始まるのです。「うたのえほん」は何となく見覚えのあるものだが、実は以下の構成になっていた。

放送形式:
朝: 月〜土 8:30〜8:40  昼の再放送: 月〜金 2:25〜2:35 
(時間帯と番組構成は調べてないが、「うたのえほん」は1999年までNHK総合で放映)
番組構成(毎日10分):
1. おねえさんの歌、みんなでいっしょにうたう歌、からだをうごかしながらうたう歌、などの歌のコーナー: 
「今月のうた」として、おねえさんが一つの歌を、毎日歌う。 
歌のおねえさん: 真理ヨシコ → 水谷玲子、中川順子 → 中野慶子、等々。
歌:「おもちゃのチャチャチャ」、「ふじぎなでんき」、「ママが赤ちゃん」 等。(そういえば、別サイトで「ふしぎなでんき」を憶えていた人がいた)  
2. 体操:
a) 「げんきに一、二」 の歌による体操。
b) 「オモチャのラッパ」の歌による体操。(週一回が、S39年から週三回となる)  
体操のおにいさん: 砂川啓介(「けんきに一、二」を担当)、 佐久間俊直(「オモチャのラッパ」を担当)
* 体操に参加する幼児は、公募しないのにも拘わらず、全国から約7,000人の出演希望がきたようです。
コメント: そうですね、なんだかラッパを手にした体操のおにいさんがいたような。砂川氏とは違和感を感じたか。

因みに、昭和39年(1964)では、
●「おかあさんといっしょ」●
朝: 10:05〜10:30 昼の再放送: 3:00〜3:20
番組構成(各20分):
月曜:「ブーフーウー」         出演: 荻c子、他               
火曜:「ブーフーウー」         出演: 荻c子、他
水曜:「どうぶつさんこんにちは」    出演: 高橋征郎、延原暁子、他
木曜:「こんな絵もらった」       出演: 牟田悌三、他
金曜:「いいものつくろう」       出演: 西村正平、他
土曜:「みんなあつまれ」        出演: 新克利、プルーリズムオーケストラ、他
尚、各コーナーの後の月〜土のショートコーナーは、「たのしいのりもの」というコーナーになった。
「たのしいのりもの」: 作: 藤田孝美 出演: 湯浅夷 
●「うたのえほん」●
朝: 8:30〜8:40  昼の再放送: 3:20〜3:30
番組構成は、上記したものと同じで、歌のコーナーと体操のコーナーから構成。

憶測ですが、1967年(S42年)までは、コーナーこそ変わるも、大体、以上のような構成が続いたように思います。
(更に分かれば報告します)

コメント: 我々がよく観た昼の再放送時間帯では、昭和39年では「おかあさんといっしょ」の終了から直ぐに「うたのえほん」となって、恰も、「おかあさんといっしょ」に歌のコーナーと体操のコーナーが組み込まれているように思います。 そんな勘違いをしたのは私だけか・・? NHKの方も分からなかったそうです。でも、しっかり憶えている方は笑ってるかもしれませんが。
以上、御参考になればと思います。


60年代前半の「おかあさんといっしょ」その1 投稿者:懐古人  投稿日: 2月21日

これから、仕事で長い間投稿はできませんが、地道にしてきた事を報告しましょう。
ワード数容量の関係で、文章を、その1 と その2 に分けますので御了承下さい。
以前から何度となくNHKに問い合わせて分かったことを報告します。

1959年〜1967年頃、大半の人は「おかあさんといっしょ」は、歌、人形劇やお話、体操からなる構成と思っているが、少し違うようです。調査では、以下の事が判明しました。(出演者の敬称を略します)

昭和34年10月5日〜36年4月の間:
放送形式:
朝: 10:05〜10:30 昼の再放送: 2:35〜3:00
*1959年(S34年)には既にVTRが使用されたことが分かった。しかし、とんでもなく高価なため、一つの録画テープを何度も使い、そのため映像は殆ど残っていないとのこと。 つまり、テープの使い回しが番組保存の妨げのようだ。  
番組構成(各20分):
月曜: 「ブーフーウー」    出演: 荻c子、他 作曲:               
火曜: 「ブーフーウー」    出演: 荻c子、他
水曜: 「おはなしのもり」   出演: 旗照夫、島田妙子、他。 
木曜: 「こんな絵もらった」  出演: 大友純 → 牟田悌三 
金曜: 「なかよしおばさん」  出演: 轟夕紀子、ひとみ座、他
土曜: 「いいものつくろう」  出演: 上田次郎 → 古賀伸一、他
以上の各コーナーの後に、月〜土、5分間の「こんにちは」というフィルム帯コーナーがあった。(故に各コーナー:計25分)
「こんにちは」: 作: 山元護久、香山美子、他。 出演: 高橋征郎、延原暁子。

この頃は、NHKに全く資料がなく、歌や体操のようなものはあったようだが、関係者の証言がないため、その存在はハッキリしてないらしい。「ブーフーウー」の詳しい情報は別サイトなどで分かるので割愛するが、そのほかのコーナーの内容は問い合わせても不明。 私個人の頼りない記憶をあえて言うなら:
●「おはなしのもり」: 
 童話や児童向けに作った話を、静止画のイラストで物語ったものと思う。 ハッキリ言えないが、イラストの絵を一話だけうろ憶えしているが、確か、おいしいオムレツを遠くはるばる定期的に届けに来る者(動物)の話だったような。冬の村の人々(動物?)が、オムレツを届ける者を待ち遠しく待つと、オムレツが届けられ、おいしく頂く。しかし、オムレツが届けられなくると、どうしたかなとみんなが心配するうち、元気な姿でオムレツを届けに来た、という本当に子供向け話。多分、食べ物の有り難さを伝える話かな。 
●「なかよしおばさん」及び「こんな絵もらった」:
 記憶が無い。 憶えてる方いますか? ただ、「こんな絵もらった」は視聴者の書いた絵を紹介するような?感じ。
●「いいものつくろう」:
これは憶えている。 おじさんが机に座って、一枚の紙に、自動車、人形などの各パーツの下絵を描き、切り取り、各パーツをテープや糊で組み立て、割り箸やゴムを使用して、動くものにするという、楽しい工作のコーナー。 紙を切る音(シャキシャキ)、テープを貼る音(ピュー、ベタ)、接着する音など面白い効果音を出して工作の楽しさを伝える。竹籤、ヒューム管を使い飛行機をつくることもあった。 
尚、「こんにちは」というコーナーは、フィルム撮影もの。 動物の生態について、出演者が動物に接し分かりやすく子供に伝える5分間の小コーナー。(憶えがあるようで、無いような?) 近づけない猛獣や海底の魚などの場合は、動物の映像と人間の映像を合成した映像を駆使する新技術を考案。これをトラベリングマット方式というらしい。
上記 その2 に続く。


カラオケ 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月20日
昨日の夜、友達から電話があり明日は事情があって早く家に帰れないので付き合ってほしいと言われ、今日また一緒にカラオケに行きました。
今回は2時間にして二人で思う存分唄いまくりました。
私が一番最初に唄ったのはもちろん「快傑ハリマオ」です。
そしてもしやと思い検索すると「豹の眼」もあったので唄いました。
他には、「青い山脈」「霧の中の少女」「東京のバスガール」「熱砂の誓い」「出征兵士を送る歌」「青春のパラダイス」「情熱のルムバ」「古城」「踊り子」「我が愛を星に祈りて」「ロボット刑事」「変身忍者 嵐」「アイアンキング」・・・20曲以上唄ったでしょうか・・友達も私に影響されたのか途中から「同期の桜」など軍歌も歌っていました。
歌のよっては消費カロリーが表示されるものもあり、友達は8.5以上10.5と言う物も有りましたが、私は何故か3.1〜4.5くらいまで、最高で6.3でした。
友達に言わせれば、私の声は全く聞こえないので当然の結果だと言い、3.1なんて初めて見たと大笑いされ、私は出来るだけ勇ましく大声で歌える曲を選択したつもりだったのですがだめでした。
私としてはこのまま引き下がれず、次回リターンマッチを申し込んだ次第です。

8mm 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月20日
FUJIのZC1000は最高速72/秒でした。
これで撮影したものを通常の18/秒で映写すると
本当にきれいなスローもションが出来ました。
撮影は1分持ちませんでしたが激しいスポーツなんぞには
最適でした。
Super8は54/秒が最高でした。
ビデオでは真似できませんでしたね。
そういえば相撲放送などではしばしば分解写真てのがありました。
カクカク動いてました。これはこれで味がありましたが。

NHK教育テレビ 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月20日
懐古人様
懐古人さんの投稿されたNHK教育テレビの番組は私にも何となく覚えが有ります。
学校の授業で見る番組は殆ど理科と社会科の授業の時だったように思います。
理科の時は実験、観察に関する内容(確か男の子の人形と女の子の人形が実験して実験の内容をフィルムで流してでもどうしてそうなるんだろうと更にその実験結果について色々と考え理解していくと言う番組でした、実験の場面では男性のナレーションだったような気がします)、社会科の時は自分たちの町について色々調べたりする番組だったような気がします。
覚えている番組は人形劇で「大きくなる子」、題名は忘れましたがうさぎの子供が主人公の人形劇、「カメラマンの倉さん?」、他に影絵の劇(切り絵?)とか夏休みにはよく見ていました。
「四つの目」も何となく記憶に有ります。
高速度撮影を私が知ったのはやはり兄に教えてもらってでした。
当時、テレビ番組でスローモーションのシーンが有ると私は「アッ!フイルムをゆっくり回して写したんだ」と言いますと「それはフィルムを早く回して撮影して映すときに普通の速度で回しているんだ」と言って更に「フィルムをゆっくり回して撮影して普通の速度で映しても写っている齣は少ないからかえって早く動いてしまうが、早く回して撮影すると普通の速度で映したときコマ数が多いからゆっくり動いて見えるんだ」と詳しく教えてくれました。
どうも私は子供の頃から勘違いばかりしていたようです。

ロボタン資料、ありがとうございます 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月19日

aatw様
「ロボタン」の資料、拝見致しました。
お陰様で色々と懐かしく思い出せることが出来ました。
「オフランス帰りのキザな男」は隣に住んでいた伊地野家の「ボッチ」のお父さんだったのですネ。
声は財津一郎さんと言うのはハッキリ覚えています(あの甘ったるい声は印象的ですからネ)。
ロボタンのスーパー磁力も何となく思い出されて来ました。
でも一つだけ私の記憶と矛盾した記述がありました。
「高度10メートルで空も飛び、・・・」と言うところですが、私の覚えている主題歌には・・・
♪行くぞロボタン天国だー 高く飛んだぞ5メートル〜(覚えているママ)と言う歌詞が有った筈です。
私の思い違いか、もしくは最も高く飛べる高度が10メートルと言う事なのでしょうか?

「0テスター」は、私も資料を探しておりますので、わからないときはお願いする事も有るかも知れません、その時はよろしくお願い致します。

VTRについては、私がこれまでに投稿した事は要領を得ないものでしたが、それでも全く間違ってはいなかったと言う事がわかって安心致しました。
何せ、30年も前の古い記憶なものですから年々うすらいで行くのは悲しいことですが、それに臆せず投稿すれば沢山の方々からのレスが有り不確かな記憶がハッキリとしてくる事は大変嬉しいことです。
今後とも宜しくお願い致します。


もろもろ話で失礼します 投稿者:懐古人  投稿日: 2月19日
ロボタン懐かしいですね。尤も白黒時代のものですが。
aatw様の情報ではVTRは50年代に開発ですから、やはり、60年代ではまだ高価でテレビ界では普及されてない印象ですね。
1.学校のテレビの話題
 ヲユキ様の以前投稿した中で、学校のテレビですが、私の方では、テレビは黒い木製のボックスに収納され、高い台の上に設置されてました。扉を開けて観る形式のものでした。白黒映像でしたが。NHK教育テレビの番組が中心でしたね。
 特に印象に残るのは、タイトルは忘れましたが、「さんちゃん」という人形が主人公の小学3年生の理科?の教育番組で、「さんちゃん、1、2の3年生・・」の歌が特徴。たしか、理科の実験を通し、人形のさんちゃんや他の人形キャラが、先生(人間)と対話して、授業を進行していく形式だったと思いますが記憶が薄れています。
学校のテレビには、理科の実験や自然観察の番組がよく写され、その時だけは授業が楽しかった気しますね。ところで、NHKに「四つの目」(検索ではS41〜47放送)がありましたね。(TV50年には解説がなかった)記憶では、故草下英明氏が優しく解説し、人間から見る目、X線で透視して見る目、時間を早くしたり遅くして見る目、大きく拡大して見る目のの4つの視点で観察し解説する面白い番組でしたね。私はS41〜43の間に時々観ていました。この頃が特に面白い時期だった気がします。「高速度撮影」という言葉を覚えたのも、この番組でしたね。
2.TV50年に話題となった番組についての私的追記
●記憶が定かでありませんが、「お笑い三人組」が夜8時でその次ぎに夜9時から「事件記者」があったように思ます。個人的な話ですが、「お笑い三人組」には、病気のコレラの噂で大騒動する内容が記憶に残り、その後の事件記者のシリアスなオープニングテーマを聴いて一層病気に怯えたようなことがありました。この頃は、やれ日本脳炎・小児マヒだの、やれ赤痢・疫痢だのと学校で言われ、様々な予防接種を受けたり、生ワクチンを飲まされたりしました。「お笑い三人組」は
映画にもなり、その映画版が数回テレビで放送されたのを憶えていますね。
●「週間こどもニューススペシャル」のコーナーについては録画してないため、60年代の「子供ニュース」の紹介があったかは分かりません。子供ニュースのオープニングかエンディングは、家々の屋根や町並みから火の見櫓がポツンと立っている風景の絵だったように思います。内容は、普通のニュース形式のような感じでしたが、もう一度あの感触を観たい気がします。
●「お笑いオンステージ」(S47-S57)ですが、記憶が定かではないが、初期の頃は、色々なコーナーの中の1つとして「てんぷくトリオ」(故南伸介氏、伊東四朗氏、故戸塚睦夫氏)だけの喜劇のコーナーがあったように思います。が、S48年頃の戸塚氏逝去でトリオを解散後、中村メイ子さん、故東八郎氏等が加わって、南伸介氏を中心とするお笑い劇場なるものとして構成し直したと思いますが、正確には判断できません。「減点ファミリー」もその頃に始まったような気がします。間違いであれば御容赦下さい。初期の頃のてんぷくトリオ時代の演技で記憶してるシーンには、食事をするのに、食べ物に行ったり来たりし、フォーク片手で食べ物を睨み付け鬼のような形相と大仰な格好で食べる南伸介氏と伊藤四朗氏、寝ころんでしまう戸塚睦夫氏の、エネルギッシュな演技に大笑いしました。その頃は必死のドタバタ演技でしたが、戸塚氏逝去後は回を追うにつれ何となく緩やかな演技となった印象を持ちます。南伸介氏も表情が徐々に疲れ気味になっていくのが気になりました。また、「笑点」の大喜利での司会は最高でした。林家菊三氏が「なにやら怪しい雰囲気、そこだ!」と造花のようなものを南伸介氏に投げつけた時、いきなり怒り顔で菊三氏に殴り込んだかと思うと司会席に戻りニコと笑う演技が一番記憶に残ります。早くに亡くなられたことは本当に残念ですね。
最後に余談ですが、NHKといえば子供の頃に印象に残る女性アナウンサーとして「村田幸子」さんがいます。今は時々評論家、解説者としてNHKに顔を出すことがあります。40年以上前、子供のような可愛らしい顔とそれに似合わない落ち着いた魅惑的な低音ぎみの声が特徴でした。昭和36、7年頃あたり、夕方の番組を紹介するコーナーにも出て夕食時の1つの顔だったような気がして、とても気に入っていましたね。可能なら川口のアーカイブスに行って、是非その村田幸子さんのアナウンス振りと夕方のコーナー(落ち着いたピアノのテーマが耳に残ります)があるか検証してみたいですね。(他に、下重暁子アナも印象的でした)
長々と失礼しましたが、懐かしい番組は話に尽きないものです。

ロボタン資料 投稿者:aatw  投稿日: 2月19日

http://www.globetown.net/~tv_daisuki/____robo-01.jpg
http://www.globetown.net/~tv_daisuki/____robo-02.jpg
上が旧ロボタン。下が新ロボタンの設定資料です
参考にしてくださいね

ゼロテスターの資料もありますので必要ならアップロードしますが....

家庭用VTRの件ですが
VHSは1977年、ベータは1976年発売ですが、Uマチックなら1970年以前にもありました
大きくて重くて、テープ1本も高価でしたが、
マニアやタレントが自分の出演番組の記録に購入していたということです

現場では1インチVTRが主流でしたねバキュウムフィードといってヘッドとテープの接触を
空気を吸いこむことで大気圧で一定に保っていたのですね
ヘッドは斜めに傾いていて、録画トラックは斜めになっています
現行のVTRはその傾きは少なく、水平に近い角度ですが、1インチは45度程度でした
アンペックス社が開発/発売したものが最初で1950年代といわれています


ヲユキ  投稿日: 2月18日

古いアニメーション雑誌を掘り起こしておりましたら、1986年9月号の「ジ・アニメ」のテレビアニメーション放映スケジュールの中に「ロボタン」が有りました。
まだ詳しく調べておりませんので放映期間などについてはわかりませんが、どうもこの年にリメイクされカラー版として放映されたようです。
多分私がリメイクされたことが有ると思ったのは、この様な紹介記事を見たことを覚えていたからでしょう、この月に放映されていたこちらの放送局の番組リストを見ましたが載っていませんでしたから、見た覚えもないですし放映されなかったのでしょう。
月曜日 PM7:00〜7:30 日本テレビ・読売テレビ系 で放送され、物語は一話完結で一回の放送でA、Bパートに分かれて2話放映されていたようです。
当時の記事を一つだけ記します。
9月1日放送のAパート、「マリリンが海を征服しちゃったデッス」
 マリリンは、海で休暇を楽しもうとある海岸にやってきた、ところが海岸は人間たちでいっぱい。怒ったマリリンは、ロボットを使って追い出しにかかった。ところが・・・・・・。
この様に毎回マリリンと言うキャラクターが毎回登場してロボタンと対決する話のようです。
私の子供の頃見た「ロボタン」にはそう言うキャラクターはいなかったように思うのですが・・?
更に読みますと、9月15日放映分を持って終了、後番組は「ボスコアドベンチャー」と言うカエルが主人公の冒険作品とあります。
此処まで記したのですから、ついでにこの頃放映されていたアニメーションのタイトルも記しておきます。
オバケのQ太郎、メイプルタウン物語、剛Q超児イッキマン、愛少女ポリアンナ物語、タッチ、へーい!ブンブー、銀牙−流れ星銀−、キン肉マン、藤子不二雄ワイド(パーマン、忍者ハットリくん、プロゴルファー猿)、ドラゴンボール、ワンダービートS、ウルトラマンキッズのことわざ物語、めぞん一刻、G・Iジョー、北斗の拳、マシンロボ クロノスの大逆襲、トランスフォーマー、魔法のアイドルパステルユーミ、青春アニメ全集、ドラえもん、六三四の剣、宇宙船サジタリウス、ドタンバのマナー、まんがなるほど物語、ハイスクール!奇面組、光の伝説、機動戦士ガンダム、まんが日本昔ばなし、ゲゲゲの鬼太郎

0倉様
「0テスター」の資料となる雑誌を探しているのですがなかなか発掘出来ません。
当時のアニメーション、特撮、CM、ドラマ、マンガなどに関する雑誌、ムックなど千冊以上有り、綺麗に本棚に並べてあればすぐに探せるのですが、積み重ねて仕舞っていますのでなかなか探し当てられません。
一度頁を開くとついつい見入ってしまって・・楽しみながら調べておりますが、必ず見つけますのでもう少しまって下さいネ。

昨日、車のカウンターが100000となる瞬間を無事見ることが出来ました。
ちなみにこの車、明後日車検です。
明日は免許証の更新・・確定申告・・何かと物入りです。


ありがとうございました 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月18日

懐古人様
お忙しい中、「TV50年」についての詳細な解説をして頂き本当にありがとうございました。

皇太子御成婚のテレビ中継は以前の特集の時に見たことが有ります(テレビ30年の時?)。
一時間くらいの中継だったでしょうか?、中村メエ子さんと神津善行さんが仲良く解説しておられましたネ。

「新日本紀行」のテーマは今でも良く覚えています、NHKアイカーブスで放送された中に子供の頃見たと思えるエピソードが放映されたことも有りました。

「愛の国から幸福ヘ」と言う歌も有りましたネ、私の友達も切符のキーホルダーを持っていました、高校生の時でした。

テレビのチャンネルは当時はガチャガチャと回し外枠のリングを回して微調整していました、私が中学生の頃、それまで12チャンネルしかなかったのが、友達の家に行きますと見慣れないボックスがテレビの上に有るので聞きますとUHFを見るものと言っていました。
それまでは私たちの地方では民放2局とNHK2局しか写りませんでしたがその頃UHFで1局放送を始めました、私がその放送を見られるようになったのはずっと後のことでした。
もうひとつ覚えているのは当時のリモコンです、リモコンを押すとガチャガチャとチャンネルが回るものでした、やはり友達の家に有り面白く思った事を覚えています。

此処でも鳥取県が出てきましたか、確かにリゾート開発と言うか色々な施設や団地など出来ましたが地元にいながらその神の山の神聖な土地と言うのが何処なのか良くわかりません、映像を見ていればわかったかも知れないのですが・・・

ロータリー車、ラッセル車は良く覚えています、と言いましても実際見たことは無いのですが小学生の時に兄が教材か何かの付録の紙工作のロータリー車とラッセル車を作ったものを見せてくれました。
厚紙に印刷されたパーツを切り抜き組み立てるものでしたがかなり精巧に出来ていてロータリ車は羽が回転するものだったと記憶しています。

「ひょっこりひょうたん島」の主題歌がモーニング娘の歌だったのは新作の放映時の時ではなかったのですネ、実は偶然にも今日(昨日ですネ)車に乗っている時にラジオでこの曲を聴きました、
原曲と違う部分も有りましたが、歌自体は原曲のままと言っても良くそれ程違和感も感じないで聞きました、と言いますか・・わりと好きになりました。

懐古人様の御陰でどのような内容の番組だったのか詳しく知ることが出来ました。
本当にありがとうございました。


シングル8 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月17日
記憶にある方も大勢いると想います。
若き日の扇千景(現大臣)の
「私にも写せます」のCMで一気に普及しました。
フジはCマウントを採用したレンズ交換式のZC1000まで作りました。
このカメラはフィルムサイズを別にすれば16mmと変わりません。

TV50年その2 投稿者:懐古人  投稿日: 2月17日

新日本紀行以降:
●「人形大集合」のテーマのコーナー。
このコーナーでは「ひょっこりひょうたん島」を中心に過去の人形劇について紹介した。
▼「ひょっこりひょうたん島」の話題、以下順を追って:
1.古くからのファンを集めて人形達を前に談義。
2.昭和39年からカラー放映だった。 当時のカラー映像を2,3紹介。
3.人形を操る「操演」さん達を紹介。
4.人形美術の片岡昌氏と人形指導の須田倫太郎氏との談義。
片岡氏談:作った人形は当初グロテスクと言われたが、1年程して可愛いと評価された。
須田氏談:人形は一体につき数体用意し、様々なシーンに直ぐ撮影対応できるようにしていた。
5. 声優の、楠トシエさん、熊倉一雄氏、小林恭治氏が加わって、当時の声優の写真を紹介、談話。当時の台本が残っていないらしい。声優さんたち曰く:台本は湿った青焼きのものでジメジメしていたし、井上先生は劇中でも台本を必死に書いていたとのこと。なにしろ1,200回以上の内容で5年間だから。
6.作者の井上ひさし氏登場。同氏談: ひょうたん島は故山元護久氏(児童文学者)との共作だが、考えが違ってくるため、山元氏と3ヶ月間共同生活をし、同じ考えを持とうと努めた。(スイカ食べて将棋に興じる写真一枚を紹介)
7.モーニング娘が踊りながらテーマソングを歌う。(ヲユキ様、ここで、モーニング娘が歌うのです)
8.テーマソングを作曲した宇野誠一郎氏の登場。
挿入歌は実に800曲以上。 井上氏が朝作詞するとその日の夕方に宇野氏が作曲、翌日、曲を流す、というような過激ペースだったらしい。 作曲したものに対しディレクターの困った顔を見たさに意地悪調子でどんどん作曲してたとのこと。 コメント: 宇野氏は初めて見ましたが、メガネをかけた太り気味の案外陽気な人。    
9.ひょうたん島は録画テープが残ってないらしいが、子供の頃に克明に全話をメモに記録した人がいた。 伊藤悟氏である。
伊藤氏は1,200回以上の内容を毎日メモしていた。小学校の頃メモしていた図解説明入りノートを紹介。(真のマニアたる存在意義を感じる) 同氏によれば、小学校5年〜中学3年まで毎日メモあるいはテープ起こししていたとのこと。そのお陰で10年前のリメイク版放送で復活を果たせた。井上ひさし氏は3人の魔女がカエルになったことを忘れ、伊藤氏に聞いて初めて分かったと言う。 尚、今年4月からリメイク版が放送される予定
伊藤氏談: ひょうたん島について、
『おかしい事は、おかしいと言っていいんだ、色々な人が居て、それぞれイイところがあるんだということをを、ひょうたん島から学んで、それで元気になれた、とっても私にとっては大事な作品』
▼ひょうたん島以外の人形劇を以下の順で短く紹介。
●「新八犬伝」(S46-S50) 
●「チロリン村とくるみの木」(S31-S39) 
●「空中都市008」(S44-S45)
●「ネコジャラ市の11人」(S45-S48)
●「真田十勇士」(S50-S52)
●「笛吹童子」(S52-S53)
●「紅孔雀」(S53-S54)
●「三国志」(S57-59)
●「ひげよさらば」(S59-S60)

●「プリン・プリン物語」(S54-S57) 
この番組の声優、石川ひとみさん(プリン・プリン)と神谷明氏(ボンボン、その他)が出演。
怪人ランカーと花のアナウンサーの映像あり。
4月から教育テレビで月曜ー木曜の6:10に放送予定。

▼このあたりから、前回あらすじを伝えた新作が始まります。 テーマソングは、もちろん、前川陽子さんです。
出演した声優(敬称略):
サンデー先生:楠トシエ  博士:中山千夏  ダンプ:伊藤牧子  チャッピ:江美京子
プリン: 堀絢子   リトル・キッド:藤田淑子   テケ:増山江威子 
ダンディ:小林恭治  トラヒゲ:熊倉一雄   ドン・ガバチョ:名古屋 章  
魔女達は前回紹介済みなので割愛させて頂きます。
・ 新作は未完結で、司会アナウンサーは、続きはTV100年になるかなと冗談気味に言いましたが、恐らく近々放送するのではと期待したい。
余談:
小林恭治氏といえば、個人的に最初に聴いたのは昭和36、7年頃の名犬ラッシー(ミツワ石鹸提供)だったかな。たしか、テミー少年の父親の優しい声が小林氏だったような。

以上、低レベルの話題を長々投稿し、すみませんでした。お約束なので。私としても時間が無く、ここまでにしておきます。


TV50年その1 投稿者:懐古人  投稿日: 2月17日
前回お約束したように、NHK50年番組の続編をその1とその2に分け報告致します。
さて、「宇宙人ピピ」以降の懐かし番組ということでしたね。今回も独断と偏見でピックアップしますのでご勘弁下さい。 尚、今後の続編は不運な録画中断とテープ切れがあり、所々の抜けがあり、最後のグランドフィナーレ(懐かし映像ものではない)は未収録です。
▼ 放送博物館内の映像と話題。
▼ 元皇太子(現平成天皇)と正田美智子様の結婚式パレード映像。
このパレード中継に20代頃と思われる若々しい中村メイ子・神津善行夫妻が映される。
コメント:神津善行氏の意外に可愛らしい顔が観られた。個人的には「家族そろって歌合戦」の審査員の頃を思い出す。母の切手蒐集帳に昭和34年皇太子御成婚記念切手(10円)があった。持っている方もいるのでは。
▼ 冨田勲氏作曲の「地球は誰のもの」の歌が、スペースシャトルからの地球の映像とともに流される。東京放送児童合唱団と千葉県少年少女オーケストラとの共演。
▼ NHK南極放送開局式の映像と話題。20才頃の山口百恵さんが南極基地と連絡する過去の映像あり。
▼ 「新日本紀行」(S38 - S56)の話題:
冨田勲指揮によるテーマ曲演奏。千葉県少年少女オーケストラ演奏。
昭和40年代の新日本紀行を、山田洋次氏と冨田勲氏との対談形式で、下記タイトルにて紹介。 
@「幸福への旅」(S48) 北海道帯広の「幸福」の駅について。駅の周りは雪のつもる人影のない風景。コメント:国鉄時代の有名な「愛国から幸福ゆきの切符」は母が所持してた。所持してる方もいるだろう。
A「南部潜水夫」(S49) 岩手県における冬アワビを捕る男達の素潜り。
B 山形県のポンポコ楽団。冬の農村、出稼ぎで残された主婦らが木魚、木琴、アコーデオン等で合奏する。主婦らが演奏したのは誰でも憶えのある「子ぎつねコンコン・・」。 
コメント:小学校の頃、木琴で奏でた童謡、ドレミファ・ソ・ソ・ラファドラソ・・でしたね。
C「新日本紀行」のテーマ曲の解説。日本人の心に響く音の作曲に苦労したと冨田氏談。
D「三重連の峠」(S45) 奥羽線における三重連SL(3台のSLが連結した車両、計 4,800馬力、60車両の貨車を牽引) 
E「ある廃線」(S45) 北海道、赤字線の根北線(12,3km単線)の廃止についての記録。
(駅が小さい、プラットフォームが2,3人程度しか立てないもの)
F「鶴の来る駅」(S48)北海道の釧網線茅沼駅の駅長が鶴を餌付した話。現在でも鶴が来ている。
G「鶴になった男」(S62、NHK特集)鶴を飼育した苦労の記録。
H「葛飾」(43) 東京の葛飾区の祭り保存に努力する映像。
I「北山」(S42) 京都の北山という山村で電気開通を遂げた苦労の記録。
コメント:白黒の懐かしいテレビに見入る家族は印象的。(ふと思い出したが、昭和36年頃、テレビの中にはチャンネルが固くて大人でも回すのにひと苦労したものがあった)
J「現代若衆宿」(S45) 三重県漁村の若者達が宿(若衆宿)に入り、結婚するまで共同生活する習慣を紹介。コメント:昔あったような村の団結感、ルール、濃い愛情を感じた。今は、それが窮屈な?自由な時代かな。 
K「男はつらいよ」の映像と話題。渥美清氏談:寅さんのように縛られないで生きていけたらいいね。
L「神山異変」(S46) 鳥取県の大山(だいせん)の広大な土地をを買い取り住宅計画を進める土地会社の社員の様子。コメント:土地開発が神聖な土地までに入り込むのが問題テーマなのか?をはっきりせず淡々と現実を写した感じ。 
M「筑豊」(S44) 筑豊炭鉱の労働の様子、町の暮らし、集団就職で去る学生、廃鉱をつづる記録。コメント:高度成長期の集団就職からは日本は雇用安定の良き時代。学校の石炭ストーブやSLも無くなり始める頃。教科書には、まだ、炭田(三池、石狩、筑豊)や塩田(坂出、松永、赤穂と記憶したが自信なし)の記載があった。
余談:以上はすべてカラー映像。私は昭和38年頃の白黒映像時代から観ているので、この頃の映像を観たかった。初期白黒映像では、トンネルや炭鉱で働く人々の様子、離れ小島の人々の生活、ロータリー車が豪雪に屈し除雪用羽根が回転停止するシーン(ん? 昭和30年代のニュース映像と混同か?)などの断片的記憶がある。(注)ロータリー車とは、SLのような黒色の除雪用車両で、前方の大きな回転羽根が回転し積雪を横方向に排出する今は無き超旧式なもの・・以後、積雪をかき分ける旧型ラッセル車へ移行かと。

また話題戻してすみません。 投稿者:懐古人  投稿日: 2月17日
VTRの話題、興味深く拝見しました。 30年前から家庭用VTR装置があったのですね。しかし、40年前は、あっても、とても高価で、テレビ局の方でも、多くの番組のVTR画像は残ってない状態かと思います。 NHKアーカイブスで、その辺の事情も探ることが出来るかと。
さて、お約束のNHKのTV50年は、続けてると鬼が笑いそうなので、その1とその2だけ、連続投稿させて頂き、終わりとします。 新日本紀行と人形劇のみで終わります。話題は皆さんにはツマランものでしょうが、約束破りと言われてはと思いまして一応投稿します。

VTRW 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月17日
私が小学生の頃は(1950年代)、NHK教育テレビなどの放送を見て授業の参考にするときはどこか違う教室(理科室?音楽室?)に行き、そこでテレビで放送されているオンエア中の番組をそのまま見たような記憶が有ります。
小学6年の時に(1960年代)校舎が新しくなり、それぞれの教室にテレビが置かれていたと思います。
でも、これで何か番組を見たと言う記憶は有りません、と、言いますのも私がその新築された校舎にいたのは僅か半年しかなく、すぐに卒業したからです。
それでもその僅かの期間にそれまでの小学校と全く違った近代的な体験もできました。
一番違ったのが木造だった校舎が鉄筋コンクリートのぴかぴかの建物になったこと、そしてそれまでは各自自由な服装で登校していたのがお揃いの制服を着て登校するようになったことです。
教室の机は現在と同じ(と、思う)スチール製の机と椅子、しかも各自別々(それまでは木製の二つ繋がった机で二人一組で使っていた)です。
いつものように話が逸れてしまいましたが、中学生の時はテレビを使った授業が有ったのかどうかハッキリとした記憶は有りません。
高校生の時、先に言いました放送部(放送委員?)の友達から初めてビデオについて話を聞きました。
良く思い返してみますと「ビデオのヘッドは45°斜め付いていて・・」と言っていた様な気がします。
授業に使うためテレビで放送された番組を学校に備え付けられたビデオで録画したと言っていましたが、私はそのような授業を受けた記憶は有りません、もっともその友達は私とは違うクラスの人でしたから、そのクラスではそう言う授業が有ったのかも知れません。
そう言えば、私もテレビに出演したことがあります。
当時私たちの地方の○○放送テレビが、県内の全高校の紹介を毎週一校ずつ紹介する番組が有りました。
それで私たちの科も何人か選ばれて演技(実際、いつも通りの事をするのですが、カメラを前にした行動は正に演技で、カメラマンからも色々と指示も有りました)をしました。
放送は日曜日でしたから、その日私も家族には言わずに一緒に見ていましたが、誰も私に気づいてくれませんでした。
NHK少年ドラマシリーズの「タイムトラベラー」は私も見ておりました。
主演の少女は後に「ウルトラマン80」の先生役で出演しておられた人ですよネ?
他に「夕映え作戦」なども好きで見ていましたが、一番印象に残っているのが「七瀬ふたたび」で、夏に毎日一挙に放映されて私はテープレコーダーで音声のみ全話録音して現在もそのテープが残っている筈ですが、この番組もNHKに残っていなくて、当時のスタッフの人が家庭用VTR(β)で録画して残されていた映像がビデオソフトとして発売され私も購入しました。
私がビデオデッキを購入したのはこの番組が放送されて少し経ってからでした。

なるほど 投稿者:Ben  投稿日: 2月17日
当時もビデオがあったのですね。
私がビデオを買ったのは20年前です。まだリモコンがケーブルで本体とつながっているという代物でした。当時録画したトムとジェリーや少年テレビ映画などは廉価版のテープに3倍速でありながら劣化もせずになかなかの画質でのこっています。
山口崇さんや澤田隆治さんがビデオカメラでブラウン管の映像を撮っていたのでしょうね。チューナー録画ではなくカメラでしょう。ブラウン管のフレームが何度か映っています。音声はイヤホンジャックから録音したのでしょうか,周囲の音なども入っていませんから。
「天下御免」は残念ながら見ていないのですが、「てなもんや三度笠」はビデオで発売されたくらいですから映像も音声も素晴らしいものです。ただ、画像は今のビデオとは少し違います。フィルムとビデオの中間のような感じですね。
このビデオ方式の名前が「てなもんや三度笠」発売の時に、目にしたか,耳にしたのだと思います。それが思い出せないので、何度か耳にしたことのあるキネコかなと思った次第です。
これで納得できました。あとはビデオ方式の名前が分かればまたお知らせします。

VTR 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月17日

30年くらい前に家庭用VTRはありました。
(我が家ではない)
値段を聞いたとき私の乗っていたカローラよりも
高かったような記憶があります。
大きさもかなりのものでした。

最近は8mmというと8mmビデオをさすらしいですね。
カメラ、映写機ともに販売されていないから仕方がありませんが。
フィルムはまだあるらしいが地方では手に入りません。
昨年私の映写機のランプが切れました。
入手困難です。


遅れ馳せながらVTR談義 投稿者:とん楽  投稿日: 2月16日
天下御免の頃、昭和45年、私の中学にVTRが導入されました。当時の私は放送委員会の委員長で、これをいじる許可をもらいました。テープはオープンリールで録画時間は50分、1本1万円くらいだったと思います。カタログにはカメラ(白黒)も紹介されていました、50万円くらいだったと思います。実は、タイマーを設定して「天下御免」をチューナーを使って録画し、昼休みに放送したこともあります。あのテープをとっておけば・・・・。当時はまだ、VTRテープが高価で、NHKでさえも使い回しで、残らなかった、と聞きました。少年ドラマシリーズが残っていないのもそのせいです。私がBmaxを買ったのが昭和51年で、「タイムトラベラー」にも間に合いませんでした。

またしても?? 投稿者:UMAハンター  投稿日: 2月16日

彼のUMAは何度かTV出演したとか?
ここのBBSの書き込みを読むと、どうも戦後第一次ベビーブーム世代だと思われる?

今までの情報を整理推測すると、海岸直近の黄色い屋根付近が怪しいと思われるが定かではない。
今日も生息地付近を探索してみたが、痕跡は発見できなかった。
謎は深まるばかりである。しかしこれもまた楽し。(爆)


買い物 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月16日

昨日、投稿しようとしたのですが私のミスで出来なくて、その時に打った文章は消滅してしまいましたので打ち直します(ぽせいどん様、お手数をお掛けして申し訳ありませんでした)。

昨日は仕事が午前中で終わったものですから、いつもの県外のデパートまで行って見ました。
トイ売り場に行きますと「タイムスリップグリコ第三弾」の全種揃いのプレミアが有りました。
20000円です(この売り場には第一弾、第2弾の揃いも置いてあります)。
それを見ますと、全15種以外は「ウルトラQ」のカラーヴァージョン(3種)とSLのモノクロヴァージョンの4種類(全19種)だけのようです。
キャラメルは既に無くなっていて思い切って購入しておいて良かったと思います。
私の持ってない「地底怪獣出現」も単体プレミアが置いてあり(やはりテレスドンでした)、暫く迷いましたが一つくらい無いものがあっても良いかと、購入はしませんでした。
この頃のテレビ番組は怪獣の姿、名前、放映タイトルが連動して思い出されます(たとえば「禁じられた言葉・メフィラス星人」「怪獣墓場・シーボーズ」「怪獣殿下・ゴモラ」「怪獣無法地帯・レッドキング」「さらばウルトラマン・ゼットン」・・・全く今となれば恥ずかしいだけで何の役にも立ちませんが何故か今でも忘れずに覚えています、あの当時友達とそのようなことを言い合っていたのかな?)。
結局其処では何も購入せず、もう少し先の古本兼プレミアショップまで行ってみました。
そこでずっと探していた「フルタ ジャイアント・ロボ」の漫画ヴァージョンが有りました。
他の「鉄人28号」「ブラックオックス」「バビル2世」「ポセイドン」「ガイア」などはたくさんあるのですがこれだけはずっと無かったのですが、その割には値段も普通に安く購入出来ました。
それと「手塚治虫ミニヴィネットアンソロジー」の「リボンの騎士」「W3(ワンダー・スリー)」を購入致しました、他に「ジャングル大帝」「ブラック・ジャック」「三つ目が通る」が有るようですが置いて無かったので今度の楽しみとします。
後、三月発売の「ソウルキャリバー2」に期待してキャラクターの1人カサンドラのフィギュアも有りましたので購入しました(カプセルトイのようです)。
暫く見て回っておりますと、「0テスター」の人工島基地のプラモデルも有りました。
ミニ・テスター一号〜四号も付いていてかなり大きな箱ですが値段は安かったですから、最近発売された復刻版ではないかと思います。
なおこの箱を見ますと「0テスター」は「0ゼロテスター」と「0」に「ゼロ」と小さく被せて表記してありましたから「ゼロテスター」でも間違いではないようです。

この日アパートの駐車場に車を止めた時、カウンターは099947となっていました。
後53`走れば100000となる瞬間を見ることが出来ます・・いや、出来るか・・ナ?


Re:キネコ・てなもんや三度笠 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月16日

Benさん、お久しぶりです。
キネコと言う画像の保存方法は私も何かの本で図解と共に紹介されていたのを読んだ事があります。
簡単に言えば、テレビの前にカメラを固定し、ブラウン管の画像をフィルムに収める方法の事ですネ。
おせっかいオヤジさんも「8ミリ等で・・」とおっしゃっておりますから、イメージとしてはこの方式も頭にあって山口さんも「天下御免」の映像を残されたとお思いになったのかも知れませんネ。
この方式ですと、現在のテレビと違って当時のテレビのブラウン管の画面は、丸みを帯びており、また四隅も直角ではなく丸みを帯びていて、無駄なく撮ろうと思えばどうしてもテレビの枠部分まで写ってしまうと思われます。
私がNHKで放映された過去のキネコで残された映像を見たときにも、ブラウン管の丸みによる歪みや角に枠らしきものの写っていると感じた番組も有りました。
山口さんが8oでテレビの映像を撮影して残されたと言うことはぽせいどんさんが否定され(わ・・私もでした)、キネコで「天下御免」の映像を残されたと言うのもぽせいどんさんが否定されました。
そこで、考えられるのは・・山口さんは、当時私たちには手の届かなかった現在と異なる方式のVTRで「天下御免」の映像を録画され(おせっかいオヤジさんの投稿にも「テープ代が・・」とも有りますから間違いないと思います)、NHKには既にその映像は無くて山口さんにそのテープを借り、NHKがその映像をキネコで収録したのでは無いでしょうか?
今でしたらもっと良い残し方が有るでしょうが、山口さんにテープを借りたのが20年以上前の事だとすれば可能性としては十分考えられる事と思います・・が・・?
こうなれば、懐古人さんにおいで願って、直接NHKに問い合わせて頂くとか・・勝手な事を言ってすみません。

「てなもんや三度笠」については、私も当時のスタッフの何方かがご自分でテレビ放映された映像を残され、その方の所有されていた映像と聞いたことが有りますが、その方法までは記憶に有りません。
私はVTRで・・とばかり思っていました。
「てなもんや三度笠」の、その映像も見たことは有るのですが、Benさんのおっしゃるような映像だったかどうかまでは記憶に有りません。
VTRで無かったとして、Benさんのおっしゃっている「モとかホとかいう言葉・・」だけでは情報が少なく私には思い当たりません・・こうなったら、映像関係に造詣が深いぽせいどんさんに・・って・・またまた勝手な事を言いまして申し訳ありませんでした。


てなもんや三度笠 投稿者:Ben  投稿日: 2月16日
「てなもんや三度笠」(昭和41年)のビデオを見てみますと、残念ながら録画方法には言及していないので、どのような方法で録画したものか分かりません。ただ、澤田氏が当時録画したものであると、最初にテロップが出てきます。また、ブラウン管の枠も映っており、画面下の前田製菓の文字広告も映っています。しかし、映像も音声も十分鑑賞に堪えうるもので、そういう設備を個人で所有していたものと思われます。しかも30分連続で録画できるものを。
ただ、キネコという言葉に引っかかっています。「てなもんや三度笠」のビデオが発売される時に広告か紹介記事で、録画方法が載っていたと思うのですが、それがキネコという言葉ではなかったと思うのです。モとかホとかいう言葉が入っていたような。
方法としては、画面を直接撮影していることに間違いは無いと思うのですが。

たぶんそれはない 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月16日
個人レベルで扱えるしろものではない気がいたします。
ランニングコストは16mmの場合は8mmの比ではなく
天文学的な数字(私にとっては)となります。

キネコ 投稿者:Ben  投稿日: 2月16日

ご無沙汰してます。
おせっかいオヤジさんがご覧になった「天下御免」の映像は、キネコと呼ばれるものではないでしょうか?
「てなもんや三度笠」のビデオもでていますが、確かあれも演出の澤田隆治氏がキネコに撮っていたのでビデオ化できたと聞いた憶えがあります。
テレビ画面を16ミリで撮るものなんですが、ほんの少し詳しい解説は以下をどうぞ。

http://www.kaigisho.ne.jp/literacy/midic/data/k7/k748.htm

ビデオが無い時代は、キネコで保存していたと言うことをよく聞くので,これではないかなと思います。ブラウン管の枠が映る事も良くあることです。


URLお知らせします 投稿者:ゆみ  投稿日: 2月16日

先ほどはいろいろとお話させて頂きましてありがとうございました。
URLお知らせ致しますので、ご覧になって頂ければと思います。
        ↓
  http://www.acpi.gr.jp/index.html

それではまた宜しくお願いします。
http://www6.ocn.ne.jp/~takeda/


ダブル8 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月16日

ヲユキさんの想像したとおりです。リールに巻いた16mmの片側を撮影して
終わりまで来たら反転させてまた片側を撮影します。
現像後に裁断して前後を繋ぎます。
リール方式はいろいろ不具合がありましてFUJIフィルムが
シングル8をKodakに提案しましたが袖にされました。
Fujiは単独でシングル8を発売することに決定。
そのやさきにKodakは独自にSuper8を発表。
Fujiはフィルム規格を変更の憂き目に。
Kodakの現像機にかからないと輸出できないのですよ。
そんなわけでシングル8とSuper8はマガジンの形状が異なりますが
フィルムサイズは一緒です。ただし厚さは異なります。
両者を繋いで編集すると投影面でピントが合わなくなるという不都合が生じます。

DS8という規格も後に出来ました。
マガジン式のダブル8です。ほとんど普及しませんでしたが。
国産カメラではCanonが出してました。


VTRV 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月15日

私が最初に見たのはVHS、βでしたが、不確かな記憶をもとにした投稿ばかりですみませんでした。
これも素朴な疑問なのですが、ダブル8と言う名前は知りませんがそれって、撮影した16ミリフィルムを半分に切って8oで映写するんですか?・・見たことが無いのでそのような考えしかうかびません。

私が最初に購入したのはVHSでした。
東芝、ソニーのβは発売された当初、30万くらいしてたと思います。
当時の私にはとても購入出来る金額ではなくしばらくしてから発売されたシャープのVHSを購入しました(私もやはり貧乏人でした)。
でも、テープが一本3500円くらいとけっこう高くて、暫くは5本くらいを何度も使い回していました。
最初は3倍モードもなかった(私の購入した機種はそうでした)と思います。
それでも少しずつ買いそろえなんとか映像のコレクションを揃えて行きました。
一番最初に購入したフジフィルムのテープが今でもありますが、録画した画像もテープも殆ど劣化していないようです。
もう20数年経つと思いますがけっこう長く使えるようですネ。
ちなみにそのテープにはアニメーションのオープニングとエンディングばかり録画していました。


VTR 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月14日
テープ幅は4インチのものまでがあったそうです。
私はVTRをみたことがありましたが
購入は出来ませんでした(いまでも貧乏人)
8mmは3分しか撮影できませんでした。
(ダブル8なんてのもありましたが途中でフィルムを反転させる必要があった)
基本的にはサイレントでした。フィルムの両脇に磁性帯を貼った
サウンドフィルムというものもありましたがこれはもっと高価でした。
まず8mmの可能性は無いと想います。

Re:VTR 投稿者:おせっかいオヤジ  投稿日: 2月14日
あれ、そうだったんですか。あの時代にも一応VTR有ったとは知りませでした。
(貧乏人だったもので)
みなさんのお話からすると山口崇さんが言っていた「テープ代が1万5千円程」も
納得です。
そうするとBS2で見えたブラウン管の枠らしきものは何だったのか?
「天下御免」の基本映像がそういうものだったのかなあ?

Uマチック 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月14日
Uマチックは3/4インチカセットでした。

VTR U 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月13日

ぽせいどん様
さすがにお詳しいですネ。
その当時VTRデッキ、テープ共に見たことが無く、どのようなものか全くわかりませんでした。
ただ、友達の家に行くと、オーディオマニアのお父さん、お兄さんのいる家庭では見慣れないオープンリールのデッキなどを目にしました(もうその頃には現在のカセットテープは発売されていました、私の兄は昭和43〜44年ごろ購入しました、もちろんステレオではなくモノラルでした、私もカセットを一本購入してテレビ番組の主題歌を良く吹き込んだ事は以前も申し上げたと思います、でも全てマイク録りなものですから必ずと言って良いほど誰かの咳払いとか母の台所で皿を片付ける音とか一緒に入っていました、私がラインIN・OUT端子接続と言う高度な(?)テクニックを使って録音する方法を知ったのはだいぶ経ってからでした、話が横道に逸れましたがUマチックもビデオの方式の一つと聞いたような気がするのですがテープレコーダーだったかも・・と思ったり・・少し記憶が曖昧になってきております)。
放送部の友達はビデオ本体はかなり大きなものと言っておりましたから、私の知っているものでイメージ出来るのはオープンリールのテープデッキくらいしかなく、そのテープもオープンリールと思いこんでいましたが、おそらくぽせいどんさんのおっしゃる通りのカセットテープだったのでしょう。
私が友達にその話を聞いたのが丁度1971年の事でした。

それにしましても、放送局にも残っていない映像を有名無名にかかわらず、映像、音声、文章などで残しておられる人たちの御陰で、当時のままあるいはリメイクと言う形で再び目にすることが出来る作品も沢山ありますから、おせっかいオヤジ様のおっしゃる通りその人達には m(._.)m ですネ。
私は見ることが出来なかったので本当に残念です。


ぽせいどん  投稿日: 2月13日
VHS以前にテープ幅が1インチのカセットのものがありました。
テープも高価でしたがデッキそのものがまず買えなかった。
8mmはその当時¥1000/分くらいでしたね。もちろん音は無し。
これでTV画面を撮るとTVは1/30 8mmは1/18で同期ががとれず
フリッカーがでます。

VTR 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月12日

私は、テレビを見ておりませんので映像がどのようなものであったのかわかりませんが、当時一般の庶民が購入出来るような金額ではなく、テープ自体も大変高価であったと思われますが、VTRは発売されていたと思います。
今のようなVHS、β方式のカセットではなくオープンリールだったのかも知れません。
私が高校生の頃、放送部にいた友達がテレビ放送を授業で使うためとか言って録画したと言っていた事があります。
確か、Uマチックとか言う方式のビデオと言っていたように記憶しております。
中を見ると、ヘッドは斜めについていて・・・と言うように言っていましたが、当時私にはVTRを見たことが無く意味が良くわかりませんでしたが、その後発売されたVHSなどのヘッドを見てなるほどあの時言っていたのはこう言う事だったのか・・と思ったような次第です。
山口崇氏ほどの俳優さんなら、当時VTRを購入してご自分の出演された番組を録画して残しておられたとしても不思議はないと思われます。

以上、番組を見ていなかったため、私の勝手な思いこみによる憶測の域を出ないものですが・・・


す、すごい! 投稿者:おせっかいオヤジ  投稿日: 2月12日
昨日のNHKBS2、TV50年「天下御免」の山口崇氏私蔵版見ました。
す、すごい!としか言えない。何故かと言うとピンボケ的な映像の周囲にブラウン管の
枠が写っていたようです。(と、私は思う)
当時(1971年10月)は当然VTRは無かったでしょうから、8ミリ等で放送中の
TV画面そのものをフィルムに残したのでしょうか?
「一本撮るのに1万5千円ぐらい掛かった」とも言っておられました。
そんな貴重な資料を提供してくださった山口崇氏にはただただ m(._.)m です。

うみ  投稿日: 2月12日
また、来ますね〜♪今日は、ありがとうございました!

例のJ*****の件で 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月10日
いったん削除したBBSのログを再編集してます。
ついつい読みふけって作業がなかなか進まないのが
悩みの種です。

FFX 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月 9日
ぽせいどんさんもTVゲームをされるんですね。
FFXはグラフィックは最高ですし、ゲーム自体の難易度もかなり低いと思われますので初心者でも(私も初心者ですから)楽しんで冒険を進める事が出来ると思います。
それ程苦労したイベントは無かったのですが二つだけ覚えています。
一つはエスカレーターのように動く道(?)のイベントです。
最初は何処で乗り換えればよいのかわからずに、闇雲にうろうろしていたのですが何度もしている内にどういう道筋で行けばよいのかわかってきました。
所が、今度は方向転換、乗り換えのタイミングが合わなくて違う方向に行ってしまい「オ〜イ!何処へ行くんだ〜、そっちじゃないヨ〜〜帰ってこ〜いよ〜〜!(本当にそう言いたい気持ちでした)」と言ってももう遅く、一度タイミングを外すと方向感覚を失い、何処にいるのかわからなくなってしまって・・このイベントをクリアするのにかなりの時間を要しました。
後、最後の最後の闘い・・これも本当に悩みました。
向こうは消耗してもすぐに回復しますし、こちらは、回復してもアイテムの数は限られていますしこの状態で戦ってもこちらが負けることは明白です。
色々な戦い方を試したのですがだめでした。
そこで過去の様々な闘いをふりかえった時に、この様な敵に効果的なダメージを与えることの出来るアイテムがあったことを思い出しました。
調べてみると数は少なかったのですが、なんとかなりそう・・と、早速戦闘再開・・アイテムを使うと思った通り、ターン毎にみるみる消耗して・・・
その後、攻略本も出ておりますので違う方法も紹介されているかも知れませんが、私はそのようにしてエンディングを迎えました。
きっと感動的なエンディング・・と期待したのですが、以外とあっさりとした幕切れで少々ガッカリしたものですが、これもX2への前章的な終わり方だとすれば納得出来なくも無いかナ?・・
それと、その後発売されたインターナショナル版(?)に付いているDVDビデオを見なければX2へと続く話の筋道がわからないのでしょうか?
私は購入していなくてまだ見ていませんが、もしそうであれば購入してみようと思います。
ご存知の方いらっしゃいませんか?

TVgame 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月 8日

PCを購入してからはTVゲームにふれる機会がめっきり減りましたが
我が家に出入りしている若い衆がゲーム機ごと貸してくれるので
FF−Xは遊びました。たぶんX2もひと月遅れぐらいで遊べるでしょう。
Xではグラフィックが格段と綺麗になりましたね。X2も期待できそうです。

バハムートはベヘモス(ベヒーモス)のアラビア版かなんかのはずで
両者がでてきてしかもそれが戦うというのは少々理不尽な気がいたします。


買い物 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月 8日
今日はいつも行くスーパーでセーラームーン・ドールコレクションの食玩がありましたので、購入致しました。
まだ置かれて間もないらしく、私が最初の購入者のようです。
全6種、スーパーセーラームーン・ちびムーン+ダイアナ・セーラーマーキュリー・セーラーマーズ・セーラージュピター・セーラーヴィーナスです。
何が入っているか表示されていますので迷うことなく全種揃える事が出来ました。
この店に来るよい子達・・お兄さん(?)が最初に買い占めてしまってごめんネ、と思いながら購入致しました。
「デル・プラドカーコレクション B」も入荷の電話がありましたので購入致しました。
今回は特製バインダー付で「ポルシェ930ターボ」です。
この車は公道を走っているのをよく見かけました。

PS2 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月 8日

昨日は、DVDクリーナーを購入致しました・・って・・実はその前日、PS2ソフト「オペレーターズサイド」を購入していたのですが、何故か全く読み込みが出来ない状態でゲームが出来ませんでした。
音楽CD、DVDは問題なく再生出来るので・・PS2本体のPS2再生のハード的な故障、PS2ソフトを読み込むレンズの汚れなどのトラブル・・と、考え、ハードの故障は修理又は買い換えしか方法はありませんが、レンズでしたらクリーナーで直せるはずと思い昨日購入したような訳です。
一番強力な湿式クリーナーでクリーニングして・・ドキドキしながらPS2ソフトを入れ・・見事成功しました・・長い前置きとなりましたが、今回のゲームは、ゲーム中のキャラクターと「言葉」で会話しながら操作して物語を進めて行くと言うソフトです。
起動時は操作説明のチュートリアルがあり、まず「進め」「止まれ」「走れ」「撃て」「リロード」「避けろ」「回避」などの言葉での操作の実技練習、また、複合した言葉「避けろ、撃て、リロード」「撃て、撃て、撃て」などの練習もありました。
実は、このチュートリアルだけ終わるのに2時間近くかかってしまいました。
ちゃんと認識するまで「バット・・バット」のくりかえし、認識できると「グッド!」「グレイト!」とほめられ・・やっとオープニングにたどり着きました。
物語は、宇宙ステーションのオペレータールームでモニターを操作している男(私)が、回想している所から始まります。
そこで催されていた華やかなパーティの場へ突如襲ってきた怪物達(エイリアン?)、男(私)は一緒に来ていた最愛の彼女を見捨てて逃げ延びてこのオペレータールームで気がついた。
と、突然モニターに女性の声で応答を求める通信が入ります。
コントローラーのボタンを押すとモニターにどこかに閉じこめられている女性の姿、ボタン操作でロックを解除してほしいと言われ解除して外へ出します。
ロッカーを物色して何か探しているようですが、見つからないらしくロックされているロッカーの解除を頼まれ、其処から拳銃と弾丸を手に入れます。
女性は礼を言ってお互い生きていたら会うこともあるだろうとドアを開けると、待ちかまえていたように怪物が襲って来て女性ははじき飛ばされ倒れ込み(私)は「起きろ!」と声をかけます。
女性は気がつき怪物に拳銃を構え・・・ここからチュートリアルで練習した事の実技となります。
「撃て」「避けろ」「後ろ」「リロード」・・「何処を狙えばいいの!」と聞かれ「頭!」と言うと「頭ね!」・・言葉は確実に認識されるのですが指示が適切でなかったようであえなく「ゲームオーバー」・・こまった事に、此処までの進行を記録するセーブポイントがなかったため、またチュートリアルから始めなければなりません。
気を取り直してチュートリアルから・・何と、前回はこれだけで2時間近くかかったのに今度は10数分でクリアー・・そして怪物との闘い・・「ゲームオーバー」・・もう一度・・・・3度しましたがいずれも「ゲームオーバー」・・今まではコントローラーのボタン操作が殆どで、この様な声で操作する事の難しさを改めて知ったような次第です。
まだ全然進んでいませんが、言葉による会話などもあるかも知れませんから先を楽しみに頑張ってみようと思います。
とは言いましても、夜中に1人で喋っていてアパートの隣の人に聞こえないかと心配・・って、そう言えば私の声は聞こえないくらい小さいようなので心配する事はないかナ?
3月には、FFX‐2が発売されますがこれはもう予約しておきました。
ソウルキャリバーも楽しみにしていたソフトでXBOX、PS2両方で発売され、双方ゲストキャラクターが違うらしいですネ。
XBOXと言えば今春、完全なゲーム中のキャラクターと会話するゲームが発売されるようですが、これも楽しみです、メモニのような完全な会話のみのゲームなのかナ?

以前購入したパソコンのゲームソフトもグラフィックボードとの相性が悪いらしくて起動すら出来ないソフトがあり、ボードも探してみました。
私のパソコンはPCIボードしか使えませんが、探してみるとありました。
アナログ・デジタルディスプレイ対応、ビデオメモリ32メガのボードと、アナログ・デジタル・テレビ出力対応、ビデオメモリ64メガノボードなど、PCIもまだ発売されているようです。
一時はAGP対応しか見かけなかったのですが、アップグレードが可能なようですから私の旧式のパソコンもまだ当分使い続ける事が出来そうです。


ありがとうございました。 投稿者:O倉  投稿日: 2月 7日
ヲユキさん 〇テスターの情報ありがとうございます。
少しずつですが、思い出してきました。あの0テスターのデザインは、かっこよくて、大好きでした。
また、わかったことがありましたら、教えてください。

ぽせいどん  投稿日: 2月 6日

ヲユキさんの言うとおりに「キ印」がまずいんでしょうね。
タイガーマスクの「****のバラード」も
再放送では流しませんし...。

TV版月光仮面はホンダドリームです。


買い物 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月 6日

今日は仕事が午前中で終わったものですから、家に帰らずいつもの県外のデパートに言ってみました。
トイ売り場で、「タイムスリップグリコ第3弾」が発売されていました。
私は、確かまだ発売されている地域は北海道だけと思っていましたが、何にしても発売されているのは幸いと、2ケース(20個)購入致しました。
今回は全15種類(色違いヴァージョン、シークレットは?)のようです。
家に帰って開いてみると、やはり14種で1種類(06ウルトラマン「地底怪獣出現」)ありませんでした。
ちなみに、今回は「鉄人28号」ではなく「ウルトラQ」「ウルトラマン」のキャラクターです。
01ウルトラQ「金食い怪獣の孤独」カネゴン・02ウルトラQ「疾走する怪人」ケムール人・03ウルトラQ「ペギラが来た」ペギラ・04ウルトラマン「ヒーロー登場」ウルトラマン・05ウルトラマン「宇宙人ビル街に現る」バルタン星人・06ウルトラマン「地底怪獣出現」テレスドン?・07Honda DREAM CB750 FOUR・08蒸気機関車C62‐2号(スワロウエンゼル)・09全日空 YS‐11・10トヨタ スポーツ800(ヨタハチ)・11トヨペット クラウン パトカーヴァージョン・12松下電器産業株式会社 ナショナル角形噴流式電気洗濯機 MW‐303・13松下電器産業株式会社 ナショナルラジオ クーガー No.7 RF‐877・14松下電器産業株式会社 ナショナル自転車 エレクトロボーイZ B‐5E2SF・15駄菓子屋さん・・の全15種類です。
殆ど全て知っていますし、クーガーはこのヴァージョンと後に出た金色のメタルボディのものと当時2台購入して持っていました。
ジャイロアンテナが懐かしいですが、何とこのフィギュアはアンテナが引き出せて内部に何か仕掛があるらしく本物のようにカチッカチッと音がして回すことが出来ます。
洗濯機は当時の手回し脱水機付(洗濯物がペシャンコになって籠に落ちるのが面白くてよく子供の頃回していました、もちろん家には洗濯機はまだありませんでしたから近所の家の洗濯機でですが)のものです。
クラウンのパトカーは当時のドラマでよく目にします。
ホンダドリームって「月光仮面」のオートバイではありませんか?(映画は和製ハーレー陸王)
エレクトロボーイは私が中学生の頃流行っていて、今だとICチップ一つで制御出来るでしょうが、当時のフラッシャーはモーターの回転でランプの接点を変え後部についたランプを流れるように点滅させて右折・左折の方向指示器となっていました。
たったそれだけの機能しかないのにかなり大きくかっこいい形をしていました。
駄菓子屋さんの陳列棚、その上のガラス瓶(ばら売りのお菓子が入っていた)も懐かしいです。
しかしこのシリーズは私たちの年代のものにとっては琴線に触れるラインナップばかりです。

後、コナミSFムービーセレクションのメカもプレミア価格で出ていました。
売り物も探したのですが無かったので、「スペクトラム・パトロール車」だけ購入しました。
もうすぐ「スティングレイ」「マックスカー」「スーパーカー」「XL5」「スペース1999」などの食玩も発売されるようで楽しみです。

懐古人様
私の解釈が間違っているかも知れませんが、「キ印し」と言う言葉は現在使ってはならない言葉の別な言い方(かなり以前の漫画などでそのような言い方をされていたものがありました)だと思います。
この歌の場合、意味は違うかもしれませんが言葉はいっしょですからね、その事に配慮して歌詞も修正されたのではないでしょうか?・・間違っているかも知れませんが・・・

前回の投稿でWが打てなかったようで、とんでもない言葉使いとなっていました。
訂正致します あたしが・・→私が・・


懐古人  投稿日: 2月 6日
ひょうたん島の声優は当時と殆ど変わってないようですね。博士は勿論中山千夏さんの大好きな声です。冒頭で墜落したにも拘わらず「はーい、ライオン君、だだいま」の明るい且つ可愛い声には笑ってしまいました。冷静で柔らかな博士は中山千夏さん意外考えられないですね。仕事の関係上暫く書き込みはありませんが、詳細は、来週か再来週あたりにTV50年の続編報告にてお知らせします。ぽせいどん様の指摘した「キ印キッド」と「キャプテンキッド」の違いは何だろうか? 

もう一つの発見 投稿者:懐古人  投稿日: 2月 6日
御注文受書に、誤記があります。
「政治家の頭の良くする薬」の薬冷まし剤「ヨクナール」 とあります。
これは、変ですね。 
ヨクナールは薬冷まし剤ではなく、「政治家の頭を良くする薬」ですよね。魔女達はここで間違いをおかしています。
これは、なんだか自業自得的な展開に結びつくヒントでしょうか?

うみ  投稿日: 2月 6日
こんにちは〜!初めてカキコします!(ボトルはいっぱい流れ着いてますよ♪)
HPは何度か遊びにきてますぅ〜♪楽しいHPですね!

ひょうたん島 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月 5日
宝探しの歌が........
「キ印キッドが言いました。バビロンまでは何センチ」が
「キャプテンキッドが言いました」に変更されてました。

ありがとうございました 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月 5日
懐古人様
「ひょっこりひょうたん島」新作の詳細な解説、楽しく拝見致しました。
あたしがこの番組を見ていたとしても、懐古人さんのような真摯な見方が出来たかどうかわかりませんが、コメントを拝見して制作者の意図までも予測して見ておられる懐古人さんの姿勢にはただただ敬服するばかりです。
大学の名前は、確かに笑えますネ。
以前のひょうたん島でもかなりの駄洒落的な言葉、名前が沢山出てきましたが、私が一番笑ったのが「借金バード」と言うキャラクターでした。
当時私はバードと言う言葉の意味がわからず、兄が「借金取り」と言う意味だと教えてくれて、なるほど!・・と思った事を覚えております。
ノーベル賞と言い、政治家の頭のよくなる薬と言い、独裁者、それに兵器を売る者・・意図的ではないにしても、何となく時事ネタ的な要素を思うのは考えすぎでしょうか?
新作の主題歌は、別のサイトで話題にのぼっているのを見たときにはモーニング娘の歌だったと言う投稿を目にしたような気もしましたが、やはり私たちの年代には前川さんの歌が良いですね。
博士の歌は、当時のひょうたん島でもよく歌われていましたネ。
新作でも博士の声は中山千夏さんですか?
これで完結していないようですから、遠からず纏まった新作として放映されるのでしょうか?

0テスター 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月 5日

0テスター       1973年10月1日〜1974年6月17日
0テスター地球を守れ! 1974年6月24日〜1974年12月30日
(私の記憶では0テスターだったような気がするのですが、今回参考にした2冊の本では0テスターとゼロテスターの両方が記されていました、放映当時の雑誌を見ればハッキリすると思います)

未来科学開発センター(タチバナ博士によって設立された施設)の0テスター(未来科学開発センターチームのキャプテン、剣持 勉が指揮をする)、吹雪シン(鋭い反射神経と抜群の頭脳を合わせ持つ0テスターのリーダー)、荒石ゴウ(全滅した宇宙開発団の生き残りで吹雪のライバル)、リサ(アーマノイドに8歳以前の記憶を消された)の3人は、戦闘サイボーグ アーマノイド星人の侵略から地球を守るために戦う。
ゼロテスターは生命維持度ゼロの極限に挑む。
なおアーマノイド星地球攻撃の司令官は初期がメビウス、メビウス亡き後の地球攻撃司令官はバルギスとなりました。

当時日本版サンダーバードを目指して制作され、メカニックデザインにはサンダーバードのジョン・デノワを起用しかなり力を入れて制作されたようですが、人気は今一つだったようです。

とりあえず小さな特集の記事がありましたので投稿致しましたが、これだけではわかりませんね。
放映当時のアニメーション雑誌も沢山あったと思いますから近いうちに探し出して再度投稿しようと思います、今しばらくお待ち下さい。


こんばんわ(^^) 投稿者:ゆみ  投稿日: 2月 5日

ぽせいどんさんこんばんわ〜(^o^)鉄腕アトム完成!おめでとうございます。
先日の日曜日、小5の息子とじっくり拝見させて頂きましたよ。
ぽせいどんさんの作品はどれも素晴らしいものなので、息子はすっかり夢中
になっていましたよ。

ところで、先日メッセンジャーでお話をお聞きした鉛筆のスクリプトって、
インフォメーションのところにあったのですね、気が付かなくてすみません。
とても素晴らしいです♪(^^)

それからガッチャマンのゴッドフェニックスSWFムービー、拝見しましたよ。
こちらも凄いですねぇ、只々驚くばかりです^^;これからも頑張って下さいね。
息子共々楽しみにしています(^^)

ぽせいどんさんはテレビ番組にも御出演されたことがおありなのですね。
先日は、メッセンジャーでぽせいどんさんのボイスお聞きしたので、
今度はカメラも設置して映像でも拝見したいですね^^;
そうなると自分の映像もぽせいどんさんに送られますので、これは冗談です。
恥ずかし過ぎますね(*^_^*)


訂正とお詫び 投稿者:懐古人  投稿日: 2月 5日

ひょうたん島のあらすじを短く説明しようとハショッテしまい、冒頭の説明が不正確になってお詫びします。冒頭を正確に言えば:
最初は、博士がダンプの操縦する飛行機で、ひょうたん島に戻るシーンから始まります。一方、ひょうたん島にはライオンが登場します。飛行機は島に墜落して破壊するが、博士とダンプは無事。ノーベル賞受賞式と2つの大学の話題は、博士、ダンプ、ライオンとの会話に出てきたもので、そのシーンはありません。 また、「ひょうたん島新聞」のシーンは、ダンプがセリフを言う時に、短時間に出てきたものです。
次ぎに、飛行機墜落で、3人の魔女達が墜落現場に来るが、博士、ダンプ、ライオンは岩陰に隠れる。魔女達は、マジョリタン魔法帝国の資金を支えるスポンサーのことを話す。 魔女達が去った時に、博士は、スポンサーといことは魔女の後ろには黒幕がいるらしいと指摘する。「黒幕」の言葉は、ここで初めて出ます。 
正確に伝えず、申し訳ありません。 

尚、スタンバード大学=スタンフォード+ハーバード、 ケンブリフォード大学=ケンブリッジ+オックスフォード、の笑える造語であることは判りますよね。
3人の魔女の声優: パトラ:田中真弓さん ペラ:黒柳徹子さん ルナ:久里千春さん 


ぽせいどん  投稿日: 2月 5日
出たのは一度だけですのではたしてみつかるか?
タレントやってたわけではありませんので出演料はもちろん無し。
記念品のタオルを二本くれただけだった。
数年前に別な番組でインタビューに答えたときはラジオとテレカでした。
日本TVはボールペンとシャープペンシルのセット
TBSはシェーファーのボールペン
フジは背中指圧機とポケット灰皿
TV東京は...忘れた。
以上年代バラバラ、高額なものは当然ありません。

ひょうたん島の新作の報告 投稿者:懐古人  投稿日: 2月 4日

ヲユキ様、喜んで頂き嬉しいです。後半部は来週中には報告します。
ぽせいどん様、その頃、就職したての私はテレビもなく朝から夜まで仕事漬けでした。どんなお顔をしていたか興味津々ですね。川口のアーカイブスで探してみようか・・。

ヒマのある今だけ投稿できるので、今回は、特に、「ひょうたん島の新作」のあらすじを、以下に記します。 御参考にして下さい。 
タイトル:「人間レコードの巻」
博士とダンプが、ヨクナールという薬の開発でスウェーデンでのノーベル賞授賞式及びスタンバード大学・ケンブリフォード大学の講義後、ひょうたん島に飛行機で戻る。
しかし、ひょうたん島のみんなは、ライオンを除き、全て3人魔女の魔法で束縛された生活をしていた。 魔女の3人とは、カエルにされた「パトラ」「ペラ」「ルナ」である。この3人は、改心して真人間になった魔女リカに同情され魔法でカエルから魔女に戻されたものである。(その3人の魔女とは、魔女リカにとって、マジョリタン国立魔女大学の先輩であった。 パトラはホウキに、ペラとルナは電気掃除機に、それぞれ乗る)
魔女がかけた魔法とは「人間レコード」の術で、それによって、ひょうたん島のみんなは、首にレコード盤を付けられ、寝る間もなくレコードのように歌い続けることになった。 
魔女達は、以前から、博士の開発した「ヨクナール」という「政治家の頭が良くなる薬」に対する「薬冷まし」を求める「発注書」を「世界の独裁者共済組合」から受けていた。そして、帰ってきた博士を捕らえて薬冷ましの処方を作らせようと企んでいた。
さて、博士は、魔女の企みに、何かのカネを儲ける「黒幕」がいると考える。博士、ダンプ、ライオンは、夜を待って魔女の家に忍び込み、事の詳細を盗み聴いた。魔女のパトラは、独裁者の頭が良くなったら、兵器が売れなくなる、独裁者共済組合から、お金ももらえないといって不満を漏らし、博士を捕らえることを計る。しかし、博士が思わずドアを叩いてしまう。 魔女達は気づいたが、博士とダンプは逃げ、ライオンが魔女の家に入り事なきを得たが、ライオンは魔法で野良猫にされてしまう。
博士とダンプは、首にレコード盤を付けられたサンデー先生、仲間、ドン・ガバチョに会って、
その歌い続ける異常さを目にする。 一方、ダンディも海賊のキャプテンキッド一味(4人)も全員、首にレコード盤を付けられおかしくなっていた。
夜の浜辺に、博士とダンプは、3人の魔女に会う。しかし、魔女達は最初に魔法でダンプを石にしてしまう。博士は「ヨクナール」を飲んで普通のオバサンになれと魔女達に勧める。魔女達は、黒幕への「御注文受書」をちらつかせ、ヨクナールの薬冷ましを博士に要求する。博士は毅然と拒否し、人間に守るべきは「悪い人に絶対頭を下げないこと」と言って断る。しかし、博士は魔術によって人間レコードにされてしまう。レコードを首に付けられた博士は「もしも、僕に、つばさがあったなら・・」と歌い、石になったダンプに寄り添って嘆く。最後のシーンは、猫にされたライオンと、石にされたダンプ、レコード人間にされた博士が、大きな月の中に照られて終わる。

コメント:
1.上記にあるヨクナールの薬冷ましの「発注書」はパトラ宛とあり、発注者は「世界の独裁者共済組合」となっている。 一方、上記「御注文受書」は「世界独裁者 黒幕様」宛となっている。これは、「世界独裁者」と「黒幕」双方に対するものか? 世界独裁者が黒幕で、その黒幕に対するものか? 解釈が難しいですね。 ここは、作者のナゾカケが仕組まれていると思うのですが・・。 (黒幕とは、軍事産業関係者のカネ狂いのブローカーなのか?)

2. 冒頭あたりに出てくる「ひょうたん島新聞」の内容は:
右の欄:  
ヘッドライン:
 (博士の絵)
 ノーベル平和賞、ノーベル医学賞 同時受賞か!   
記事:
ノーベル財団は、ひょうたん島の博士が発明した「政治家の頭がよくなる薬」の功績に対して
ノーベル平和賞と医学賞を決定する模様。(中略) 真に名誉な事であります。
「政治家の・・薬」を飲んだおかげで、世界中の政治家の頭がよくなり、この地球上から戦争や
揉め事がなくなりました。
左の欄:
 トラヒゲデパートの今年度の売り上げ30%減 
 
3.新作の主題歌は、当時ではなく現在の前川陽子さんの声のように思われますが。

4.首に付けさせれたレコードの中の絵は、よく見ると、ひょうたん島の絵と「ひょうたん島」の
文字があるようです。 レコードをCDーROMとしないところが、昔にこだわるように思います。 海賊達の声優の声が聞けなかったのは残念です。


ヲユキ  投稿日: 2月 4日

懐古人様
「TV放映50年」についての詳細な解説ありがとうございます。
テレビ初期の番組は、その殆どがテレビカメラで写した生中継であり、ビデオが使われるようになってからもテープ自体が大変高価なものだったため、放送が終わるとそのテープに次の番組を録画すると言うように、何度も使い回しされたと聞きます。
その為、その頃の番組が現在まで保存されていることは希で、「月光仮面」が国産初のテレビ映画と聞き、それ以前にもテレビドラマはいっぱいあったと思っていたのですが、よく考えてみますと、テレビドラマとしてのフィルム作品が当時は制作されていなかったので、その事について「月光仮面」が初の作品だったと言うことかな・・と思い当たりました。
フィルムとして残っていたため、現在もほぼ完全な形で見ることが出来るので、これは本当に幸運な事だと思います。
NHKの番組にしましても、初期の番組はテレビ画面をフィルムに写し取ったものと思います。
「ふしぎな少年」にしても確か生放送だったと聞いたように思いますから、そうだとすればこの映像もテレビ番組そのままの映像は残っていないのでしょうね。
パイロットフィルムとロケシーンはフィルム録りされたようですが、そのような映像だけでも残っていないのかな・・と思っていますが・・・・
「太閤記」は私もよく見ていました。
一番印象に残っているのは、緒方 拳さんが「サル(猿)、サル」とよばれていた事です。
「大河ドラマ源義経」は、私も覚えております。
後の「武藏坊弁慶」(富田常雄原作)も見ましたが、こちらは「我が君」と言う言葉が印象に残っています、何と甘く優しく心に響く言葉・・私も彼女が出来たら是非言ってほしい・・って・・無理か・・
「おかあさんといっしょ」は、私も映像が見たかったです。
「ブーフーウー」の始まりにつきましては、ハッキリとした記憶はありませんでしたが、懐古人さんのご説明で何となくそうだったかな?と、思い出したような気が致します。
「宇宙人ピピ」は私も当時見ていたのですが、ドラマ部分の記憶は全くありません。
私の資料から少しばかり記しておきます。
宇宙人ピピ 原作/小松左京 NHK総合・昭和40年4月8日〜41年3月31日
毎週木曜日 PM6時〜6時30分 全52回
シナリオ/小松左京 平井和正 演出/今西陽一郎 作画/福原悠一
主題歌 音楽/富田 勲 作詞/若林一郎・小松左京
漫画/石森章太郎 たのしい幼稚園連載
出演 ピピ・声 中村メイコ 父・小泉 博 母・津島悠子 俊彦・安中 滋 良子・北条文栄
ピピの学校の一時間目と二時間目の間だの休憩時間が地球上での一年と言う設定だったようです。
続報(ひょうたん島など)楽しみにしております。

O倉様
その年代のテレビ番組も私の守備範囲ですので資料をあたって見ます。
私も放映時見ておりましたが、もう殆ど忘れてしまっています。
最近DVDが発売されましたネ?

ぽせいどん様
そのような番組、見ていたような気もするのですがハッキリしません。
覚えていたらぽせいどんさんのお顔がわかったのに・・ザンネン!


NHK 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月 4日
「600こちら情報部」って番組憶えてますか
じつは、私、この番組に出たことがあります。
放映の時、オープニングが私のアップからでした。

教えてください。 投稿者:O倉  投稿日: 2月 3日
突然ですみません。
小さい頃に、ゼロテスターというアニメを見たことがあるのですが、乗り物は覚えていても、ストーリーがどうしても思い出せないせん。
どなたか、ご存知内でしょうか。もし、知っていたら教えてください。

ヲユキ  投稿日: 2月 3日

今日は節分、いっぱい豆まきをさせて頂きました。
スーパーでお寿司の特売もされていましたので買いましたし、一応することはした、と言った所です。

CD「青春スター編」他、を昨日投稿したあと入荷の電話があり、購入致しました。
殆ど初めて聞く歌ばかり収録されていました。
でもその歌詞、サウンド、曲調は当時の青春歌謡で、懐かしく思いながら聞きました。
赤木圭一郎さんの歌は、今回購入したものを含めて殆ど揃ったでしょうか・・
映画は殆ど見たのですが、「幌馬車は行く」と言う映画は見ていなくて、歌も聴いたことがなかったのですが収録されていた曲を聴いて当時放映されていた外国西部劇の主題歌にそっくりで思わず笑いがこみ上げてきましたが、曲はそれなりに雰囲気もありましたし良い曲と思います。
石原裕次郎さんは「若い人」の主題歌がなくてガッカリしました。
今までこの歌の収録されたCDなどは見たことが無いのですが、当時もレコードは発売されなかったのでしょうか?

今日、楽天フリマをのぞいてみますと、「ナショナル・キッド」のビデオ(全4巻)が、¥ 20000−でありました。
現在探しているものがあってたまに寄って見るのですが、ヤフーオークションでは度々目にするのですがこちらではなかなか出品されません。


NHK50年番組について 投稿者:懐古人  投稿日: 2月 3日
日頃詳細な情報を書き込むヲユキ様の為に、NHK50年番組の前半の内容を、放送された主要な懐かし物を、偏見と独断ぎみで、ピックアップし放送順に荒っぽくメモします。(御勘弁を)参考となれば。
・ 旧式テレビカメラ(TKO−III型)(3〜4個のレンズが回転可能、ズーム不可)の紹介と、その白黒映像。
・ テレビ開局第一号のアナウンサー志村正順氏(89才)の出演。開局当時の新聞が出された。ラジオ番組欄の片隅にテレビ番組欄がある。(「ちえのわクラブ」が朝9:00にラジオ放送されたのが分かった) 
・ 大河ドラマ「太閤記」(S40)の映像(第42回)(子供ながら面白く思った) 緒方拳、石坂浩二、等出演、秀吉について対談。
・ アポロ11号月着陸(S44)の取材映像。 鈴木健二アナ司会。(彼の当時の番組に関わる映像)
・ 「レッツ・ゴー・ヤング」(S49-69)の短い映像と話題。加山雄三氏、西条秀樹氏他の対談
・ 「シルクロード」の映像と話題。(懐かしい。テーマ曲の喜多郎氏のドラマーは私の母の知人の子供で顔は知ってますが事故で亡くなり、喜多郎氏は常に墓参りに来た優しい方とのこと。そのドラマーを偲び追記します)  
・ ドラマ「男達の旅路」のS51年の映像(鶴田浩二氏他)や「おしん」などの主要ドラマ映像と出演者間の話題(長かった) 
・ 大河ドラマ「源義経」の映像。尾上菊之助氏の義経姿、緒方拳氏扮する弁慶の有名な立ち往生姿が印象的。(このシーンはしっかり憶えてます)
・ 「おかあさんといっしょ」の話題と映像。
出演: 初代お姉さんの真理ヨシコさん、初代お兄さんの田中星児さん、17代お姉さんの茂森あゆみさん 内容: 
− 歴代のお姉さんを紹介(しかし、わざわざボードの書いてあるのに手短に一人一人紹介すべきと思った。中に小鳩くるみさんの名前あり)真理ヨシコさんは本当に良かった。 
− 人形劇、とくに「ブーフーウー」(S35〜42)の映像。着ぐるみと操り人形の映像あり。オオカミとオームも出演。黒柳徹子さんの説明では、人形には、着ぐるみ、操り人形、置き人形があるとのこと。これは私も憶えて、お姉さんがブーフーウーの置き人形を舞台に置いてから、ボタンを押し、着ぐるみのプーフーウーが始まるパターンでした。
− 体操のほんの短い映像。「元気に一、二」の歌に合わせて、体操する場面。が、体操のお兄さんを紹介しなかった。
− 最後は、歌(アイアイ、北風小僧の寒太郎、サッちゃん、おもちゃのチャチャチャ)
コメント: 初期の映像は殆どない印象を受ける。オープニング映像も体操の全体像など見所はあまりない。
・「きょうの料理」の話題。 (料理の作り方が主で、過去の映像少なし)
コメント: 帝国ホテルの元料理長などが出演、ちょっと興味がないので省略。すみません。
・ スポーツ番組の話題。(東京五輪のバレーボールから現在まで)
出演者:バレーの河西選手、マラソンの有森選手、相撲の元千代の冨士関。
コメント:長いのと、ちょっと興味薄で省略。すみません。ただ、体操の「遠藤幸夫氏」の短い映像は貴重と思った。
・ 「テレビが始まった瞬間へ」と題するコーナー: 
内容:
ー テレビ初の映像は、歌舞伎の「道行初音旅」。 他、ドラマ「今晩わメイコです」の紹介。
ー ドラマ「どたんば」(S31頃)の映像と撮影セットのミニチュア模型を紹介。炭坑ドラマ。若い三国連太郎氏が印象的。これを見て「丹那トンネル」?(S36頃?)とかいうドラマをふと思い出す。
ー 「お笑い三人組」(S31ー41)の映像。オープニング短し。飯田蝶子さんや桜京美さんが見えにくかった。 
ー 「事件記者」の映像。(記憶は殆どないのが残念)
ー ケネディー大統領暗殺の映像。
・ アポロ11号月着陸の映像。 
・ 「宇宙人ピピ」(S40〜41)の第38回分の映像。テレビ初の実写とアニメの合成映像(意外に良好でした)オープニング映像は、日本の上空に円盤から顔を出してるピピがの映像から始まり、「ピッ、ピッ、ピッ・・」とテーマが流れる。次ぎに、アニメ状態で、鉛筆一本が出てきて、ノートにピピの姿を書き始める。ここは「・・ねえ、乗せてよ」とテーマが終わる。(著作権にて略す) 内容はどうも、私の過去の投稿内容(あの少年(もりお君)が天才少年となり、図書館に記者がかけつけ、エスペラント語?等まで話すのに驚くシーンに関わるもの)らしいので、問い合わせ中です。
以上、前半部を紹介しました。ちょっと長くなり失礼しました。また、追って。

和田ノリ  投稿日: 2月 3日
アトム拝見しました。手塚の線は、ニ次元の世界でも真似るのは難しいと思いますが、三次元の世界では更に難しいのでしょうね。それに挑戦してリクエストに応えて頂きありがとうございます。可愛いアトムに仕上っていると思います。アトムの解剖図なんてェのは、無理でしょうね。

ぽせいどん  投稿日: 2月 3日

ひょうたん島は録画してあとで視たのですよ。
話が途中で続きをいつかやるのかな。
プリンプリン物語は春から放映するそうです。

だいぶ前に作りかけていたメフィストを仕上げました。


お久しぶりです・・ 投稿者:ヲユキ  投稿日: 2月 2日

と、言いましてもそんなに経っていませんが、ほんの数日投稿しなくても投稿が殆ど日課(?)となっている私にはずいぶん長い日数のように感じます。
前回投稿致しました翌日、冬籠もりを決め込んでうつらうつら夢心地でいましたら突然の電話・・時計を見ますと8:40・・「もしもし・・」「あっ・・○○君・・今日は天気もだいぶ良くなったし、仕事しようと思うけどこれから出れる?」「はい、大丈夫です」「寝とった?・・電話とるの遅かったけど・・」「・・気がつかなくて・・すみません」「じゃー遅くなっても良いからゆっくり来て・・まだ雪があるからあわてて事故するといけないから・・」「わかりました」・・・・と、言うような訳で、その日は9:30出勤、6:30まで仕事をして、帰りに書店によって「きえる快速車 A」を購入致しました。
CDコーナーにもよって見ますと「シネマスタア・コレクション アクションスター編」がありました。
テレビ・映画の主題歌で、小林 旭さん、赤木圭一郎さん、宍戸 錠さん、高城丈二さん、田宮二郎さん、天知 茂さん、梶 芽衣子さん・・など、それぞれ唄われた主題歌が22曲あります。
裏を見ますと、更に3枚同時発売されていました。
その中で特に興味惹かれたのが「青春スター編」でした。
店員に収録曲を問い合わせますと、浜田光夫さん、三条江梨子さん、浅丘ルリ子さん、高橋英樹さん、田代みどりさん、中山 仁さん、吉沢京子さん、高石かつ枝さん・・などの唄われた曲がありました。
知っている曲もありますが殆ど持っていない曲ばかりで、早速取り寄せしてもらうように頼み、残りの2枚、「石原裕次郎青春ソングコレクション」「赤木圭一郎オールモスト・コレクション」も合わせて注文致しました。
昨日は仕事が終わってから書店で「デル・プラドカーコレクション A」を購入致しました。
DVD「仮面ライダー龍騎 エピソードファイナル」も購入致しました。
私はトイは購入していますが、テレビ番組は一度も見たことが無くどんな物語なのか・・ただ、ライダー同士が生き残りを賭けたバトルを繰り広げる・・くらいの知識しか無かったのですが、目についたのも何かの縁と、見てみましたが・・やはりキャラクター設定がよく理解出来なくて、今ひとつ面白く見られませんでした。

昨日も仕事だったものですから、ぽせいどんさんと懐古人さんの話題にされている番組は見ることが出来なかったのでコメント出来なくて残念です。


TV放映50年 投稿者:懐古人  投稿日: 2月 2日

 私も観ました。ひょっこりひょうたん島の新作は、最高の出来と評価します。笑えますが、何か悲しいというか・・子供には難解かな? でも、ありがたいことです!

 また、「宇宙人ピピ」の映像を目に出来、感涙ですね。やっとお目にかかれました。(あれは、エスペラント語を話す子供が居るということで記者がかけつけたシーンだろうか? NHKに問い合わせます) あの少年はメガネをかけていたんですね、妹もいたように思います。

 60年代の「おかあさんといっしょ」の映像は、オープニング映像(積み木のようなものが、家のようなアーチをつくり、そのアーチ内がグレーになって「おかあさんといっしょ」の題字が出るようなシーン?)から、全てのコーナー(歌、人形劇、体操、工作etc?)の詳細も保存されているのかな?・・川口のNHKアーカイブスに行って検証する必要ありのようですね。 


TV放映50年 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月 1日
ひょっこりひょうたん島視ました。

アトム 投稿者:ぽせいどん  投稿日: 2月 1日
とりあえず完成
こんなところで勘弁して下さい。