2004年9月分の書き込み

こんばんわ kei 9/12
恐竜型ロボット見ましたぁ。
面白いなぁ・・・とうぅのは、今パソコンがスト突入で、どぉにもこぉにもならない状態が続いてまして、読書しているのですが、
『ダイノサウルス作戦』とゆぅ題名でして。たいそう面白いのです。
その中に登場する、恐竜人など想像して読んでるのですけど、モデリングできたらいぃなぁ・・とか。ドロマエオサウルスの集落にいる仔ドロマエオもなんだかかわいらしぃしなぁ・・・
はやくパソコンの復帰を祈るばかりなりなのです。

久々にロボットモデリング ぽせいどん 9/12
マガジンゼット版鉄人28号より
恐竜型ロボット ギャロン

宣伝をば、、(ぽせいどん様、問題あれば削除してください) SDTM

★ 70年代関連でお付き合いしている友人から
  以下のご案内が来ましたので、ここにもご紹介します。
東京の立川近辺の方でご興味があれば、下記のメールへ
  お尋ね下さい。
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101出身の4人(黒沢裕一さん、牧ミユキさん、小原初美さん、石岡ひろしさん)が
「101シンガーズ」として、9月26日(日)に立川でコンサートを開きます。

http://homepage2.nifty.com/sngw/Message%20from%20101%20Sigers.htm

おのおの個人では30年以上ステージのキャリアをお持ちの方たちですが、
今回はグレン・ミラーメドレーをはじめコーラスの魅力をたっぷり聞かせてくれま
す。

実は私は友達3人と黒澤さんに歌を教えていただいているのですが、
その中のひとり、私の30年来の友人が立川在住でして
「立川でコンサートどうですか?」
それがきっかけとなって今回のコンサートの実現
私も協力せざるを得ない立場になっております・・・(笑)

もし、お時間がおありになりましたら、
是非、私宛にお申し込みくださいapril_love101@hotmail.com
↑私のもう一つのアドレスです

黒澤さんはご存知の通り、ピーカブー時代を含め
3000曲以上のCMも歌われています。
石岡さんと牧さんは、101卒業後「いずみたくシンガーズ」
http://www4.airnet.ne.jp/stage101/itsingers/itsingers.html
として(石岡さんがリーダー)’72〜’74にかけて
250回ものコンサートを行ったそうです。
小原初美さんは今もソロで活躍されています。

「50代も頑張っているぞ!」って、
合宿までするメンバーもスゴイですが
中には九州、新潟、北陸地方からいらっしゃる
ファンの熱もスゴイ!!でしょ §^。^§

こんなステキなコンサートを是非多くの皆さんに聞いていただきたいのです


情報ありがとうございます。 ボギパパ(C爺) 9/8
気にかけて頂いたのに・・・、
実は待ち切れず&予算の関係でCANONの一眼デジカメKissを購入してしまいました。
妥協はしたくなかったんですが、プリンターとの相性も良いとかそこそこ気に入っています。
操作も比較的易しいから家族にも使えると言うことで、妥協しました。
どんなカメラでも一長一短はあるし、要はいっぱい撮って腕を磨かないと・・。

青春歌謡 ヲアニー 9/5

ヲユキから貸してもらったCDで、「おけさ唄えば」「南海の美少年」「青春サイクリング」「ああ上野駅」などの青春歌謡曲を聞きました。

その中で、もう一つ興味を引いた歌がありました。
小坂一也の「北風 NORTH WIND」です。この歌は、北原謙二が歌っていたと思いますが、小坂一也も歌っていたとは知りませんでした。
♪えくぼのかわいい子だったが 北風が連れて行っちゃった 今ではあの子を呼んだとて…
見ると、作詞作曲R.Morris、服部レイモンドが訳詞・編曲となっています。外国の歌だったのですね。よく聞くと、確かに外国のメロディのような感じがします。
訳詞・編曲された方は「レイモンド服部」と覚えていますが、私が小学生のころ、一龍斉貞鳳が司会した歌の番組(番組名は忘れました)で、服部正さんや紅一点の黛節子さんとともに審査員を務めていたと思います。
当時その局のテレビ電波の受信が悪く、カゲロウのようにユラユラ画面が揺れていましたが、日曜の午前中に見た記憶があります。

北原謙二の歌では、あと「若いふたり」「若い明日」を思い出します。
♪君には君の夢があり 僕には僕の夢がある…
♪赤い野の花 あの子と摘めば 空でツバメが 宙返り宙返り…
北原謙二も青春歌謡歌手の一人でした。


訂正致します ヲユキ 9/5

「老いたるものには過ぎにし青春の郷愁を 若人には○○○再び帰り来たらぬ古の幻を・・・・・」
「老いたるものには過ぎにし青春の郷愁を 若人には行きて再び帰り来たらぬ古の幻を・・・・」

若人には呼べど○○○・・・、若人には呼べど・・・、でした。
この部分はきちんと覚えていたはずですが、聞き取りで記したら何故かぬけてしまっておりました。


懐かしの歌声 ヲユキ 9/5

今日、実家に帰ってコロムビア・トップさんの懐かしいナレーションを聴く機会を得ました。
「老いたるものには過ぎにし青春の郷愁を 若人には○○○再び帰り来たらぬ古の幻を・・・・・」
記憶違いの部分も有りましたが・・(^^;)、○○○の部分は当初より言葉は3文字とハッキリ記憶にあったのですが何故かその部分だけは何度思い起こそうとしてもハッキリと意味を成す言葉に成りません。
「い○て」と言う言葉だったと漠然とした記憶はあったのですが・・今回、トップさんのナレーションを再び聴いてその訳が判ったような気が致します。
あまりに言葉が早すぎて、判別する事が出来ないのです。
おそらく当時も同じ様な「名調子」お話になっていたのでしょう、今も何度聴きましても全くわからないのですから、少年時代の私にはなおさら判らなかったと思います。
私だけの頭ではどうしようもないと困惑しておりますと、丁度そこへヲアニーさんが帰ってきました。
一緒になってナレーションを聴きましたがさすがにヲアニーさんでも聞き取ることは出来ないようでした。
しか〜し、流石はヲアニーさんです。
ヲアニーさんにも「い○て」と聞こえたようで、後は前後の文で意味の成す言葉を探し始めました。
結果、「老いたるものには過ぎにし青春の郷愁を 若人には行きて再び帰り来たらぬ古の幻を・・・・」と言う言葉を完成させました。
この言葉であれば文章にして考えても違和感は無いようです、私はこれでやっと数十年来の疑問がまた一つ解明出来、ヲアニーさんは約束していた私の橋 幸夫さん、小坂一也さん、井沢八郎さんのCDを持って意気揚々と自分の部屋へ・・・
私は「流石ヲアニーさん、私とは頭の出来が違うナー」と思いながら再度トップさんの名調子を・・「あれ?・・違う・・何度聞いても『行きて』とは聞こえない(-_-;)」・・どうもこの言葉は私の知識には持ち合わせていない言葉のようです。
何方か、この言葉を御存知の方いらっしゃいませんか?

尚、ナレーションのバックに流れていた歌(メロディ)は、当時も良く聴いた歌ですが、歌のタイトルは「懐かしの歌声」だったカナ?、『・・過ぎし夢・・忘られぬ・・懐かしい歌 ・・面影・・ 』いつもの様にメロディはハッキリしていますが歌詞はハッキリしません。
私の記憶では「輝きよ 輝きよ・・」のラヂオ番組「今週の明星」のテーマ曲だったと思っていたのですが、これも今となっては自信が持てません。


小林繁投手 ヲアニー 9/5

そうです、柳田選手は巨人の最強の5番打者と言われましたね。確かに、毒蝮三太夫に似ていました。
以前の最強5番打者と言われた選手では、当時の西鉄からトレードされた高倉選手を思い出します。余り目立たない選手でしたが、年を取ってからのトレードでしたので、活躍期間は短かったですね。

小林繁投手を、よく思い出していただきました。もしかしたら、サムソンさんはご存じかもしれませんが、小林投手は鳥取県の由良育英高校の出身です。
私と同い年ですが、違うのは、足の長さ、男前、運動神経、出身校etc…です。も・も・もちろん、小林投手が優ってますよ。(^^)
由良育英で、「野球小僧」のようなすごいピッチャーがいるという、うわさのベースボールのような情報が聞こえてきました。我が高校と対戦したときに一度見たことがありますが、アンダースローで速い球を投げていました。
ノンプロを経て巨人に入りましたが、江川との電撃トレードは衝撃的でした。
サムソンさんおっしゃるように、阪神へトレードされた年には大活躍し、最多勝利投手にもなったと思います。特に、巨人に対しては闘志むき出しで投げていました。
あのトレードがなかったら、投手寿命は長かったかもしれません。


サムソン 9/5

ぽせいどんさん、実は270000人目ネラっていたのですがヤ・ヤッパリダメだったのでした。(区切りの数字を踏ませて頂く難しさ痛感。でも一つは私のパソコンのせいにして・・・)

今日はかなり以前に録画した大川橋蔵さんの「新吾番外勝負」を捜し出し見ておりました。田中邦衛さん、内田良平さん、松方弘樹さんなどと共に高千穂ひづるさん(大瀬康一夫人ですね)や三島雅夫さんなどの懐かしい顔も見つけられました。

ヲアニーさんの「うわさのベースボール〜」を拝見し、またまた色々思い出しておりました。柳田、河野、長嶋、黒江、加藤・・いいですね〜。取り留めなくなっちゃいそうですので1人だけ。
当時、最強の5番打者と言われたのはもちろん柳田さんでした。私も言ってましたが「マムシの柳田」とよく言われておりましたね。チャンスに強くてマムシのように恐いから・・ではなくて、毒蝮三太夫さんに似ていたからですね。(毒蝮三太夫さんは"笑点"で現在の山田隆夫さんの役をされていた頃、司会の立川談志さんにこのスゴイ名前を付けてもらったと聞きました。毒蝮さんは俳優としてウルトラマンのシリーズにも出演されておりました。)柳田さんはその後歌手に転身(?)されましたね。歌はとてもお上手でした。合わせて思い出しましたが、小林繁さん(江川さんとのトレードで阪神に移られた年の活躍も忘れられません)もレコード出されていましたね。歌は"亜希子"というタイトルでした。長嶋さんの奥様のお名前でしたのでそれも話題になりましたね。それから、・・おっと、既に柳田さんだけではなくなっていました。


おけさ ヲアニー 9/4
サムソンさん
>民謡の"佐渡おけさ"をモチーフとした歌では三波春夫さんの「チャンチキおけさ」もありますね。「おけさ唄えば 」のように、これも賑やかなようでいてしんみりとする歌でした。
…同感です。「チャンチキおけさ」が、どちらかというとポピュラーでしょうが、カラオケでも、それこそ小皿たたいたり手拍子でときどき歌います。しかし、歌っていると
♪…達者〜でぇぇいてぇか お〜ふ〜ぅくぅろぉは〜 すまぬすまぬと わびて今夜も…
♪…大きなぁぁ 夢ぇを さ〜か〜ぁづぅきぃに〜 そっとうかべて 漏らすため息…
ふるさとに残した親、ふるさとに対する思いが感じられ、メロディも哀愁を感じるところがありますね。
昨日の私の書き込みで、漏れていたことを書かせていただきました。

サムソンさんのお言葉で・・・ ヲユキ 9/4

思い出しました。
確か、NHKの番組だったかもしれませんが・・・(「銭形平次」が終了した前後の頃?)何かの公開番組?の舞台で「新吾十番勝負」の殺陣をされていました。
「新吾十番勝負」の映画は殆ど見て、その美剣士振りは良く覚えておりましたので、その時のお姿が何十年経っていたにもかかわらず全く当時と変わりない颯爽とした姿に驚いたものです。
素顔で出演されていた番組も見たことがありましたが、これもなんという番組かハッキリしません。
私もサムソンさんと同じ様に、素顔の大川橋蔵さんと時代劇で見る大川橋蔵さんの印象が異なっていて、暫くは御本人と判りませんでした。
川口松太郎さんの原作も読みましたが川口 浩さんのお父さん、女優の三益愛子さんがお母さんですネ。

上原 謙さん、佐野周二さん、佐田啓二さん・・出演された映画はビデオ、LDなどで今でも時々見ておりますので私にとっては過去のスターではなく現役のスターの様に感じます。


サムソン 9/4

子供の頃遊んだメンコに大川橋蔵さんのがよくありました。"新吾十番勝負"あたりの剣士姿の絵(写真?)だったと思います。私も含め、当時実際の映画や姿は見たことがない者でもその名前は知らない者はないというくらいの大スターだったですね。ずっと後になりテレビで橋蔵さんの映画もよく見るようになりました。もちろん"銭形平次"は家族でよく見ておりました。それ以外で橋蔵さんが出演されたTVドラマというと・・思い当たりません。単発番組も見逃していると思います。
そうそう、"スター千一夜"に出演された時の記憶は残っております。スタ千での私服の橋蔵さんはごく普通の役者さんのイメージであり、時代劇の姿とのあまりの違いに驚いたことを覚えています。(ここで例えば懐古人さんなら、スタ千出演時の光景をサラサラと描いて・・というところだと思いますが・・)

佐田啓二さんと聞くと同時代に活躍されそれぞれの息子さんも芸能人となった佐野周二さんと上原謙さんを連想します。俳優としての親を越えるのは大変だと思いますが、それぞれの分野で大活躍されていますよね。


出てきたレコード ヲアニー 9/3

市川雷蔵は、男前の俳優でした。なるほど、橋幸夫も股旅スタイルになると、市川雷蔵に似ているかもしれませんね。
橋幸夫に似ているといえば、佐田啓二の息子・中井貴一ですね。
佐田啓二は、自動車の事故で亡くなりました。私が小学校のときにニュースで聞きました。やはり男前でした。
「君の名は」に岸恵子と競演をしていました。菊田一夫の小説ですが、これは二十歳ごろ一気に読みました。
『忘却とは忘れ去ることなり 忘れ得ずして 忘却を誓う心の悲しさよ』という一節が印象的です。
橋幸夫のCDを聞かせてほしい。それ以外にも確認したい歌がある。

屋根裏物置を探したが、まだ『青春サイクリング」は見つからないが、次のレコードがあった。
・「ミカンが実る頃」…藍美代子が歌った。♪青いミカンがみ〜のぉった ふ〜るさとの丘に〜 こ〜としも 取り入れの 歌がまた聞こえる…
たしか二十歳過ぎのころの歌と思うが、私も好きな歌だ。恐らくヲアネーが買ったはずだ。
・「ゆけ!ゆけ!川口浩!!」…いつかも書いたが、コアニーが2〜3歳のころ口ずさんでいたので買った。嘉門達夫の歌である。♪…更に未開のジャングルを進む 道にはなぜかタイヤの跡がある…
歌詞が大変面白い。
・「うわさのベースボール巨人編」…和田アキ子、せんだみつお、デストロイヤーなどが出演していた「うわさのチャンネル」という番組があった。そのエンディング曲で、葵三音子が歌っていた。ジャイアンツの選手名が次々と出る、洒落の歌である。♪ヤナギダ腰のおねぇさん 僕の子どもをコウノ鳥 たまにナガシマ・クロエたら うぶな心は カトウなる…
巨人ファンの私は、このレコードを買ってよく聞いた。


ヲユキ 9/3
市川雷蔵さんと言えば、「眠り狂四郎シリーズ」「大菩薩峠」「金閣寺?」などを見ました。
股旅物も見たはずですが、タイトルまでは覚えておりません。
サムソンさんに御紹介頂いたサイトにある「中山七里」も見た事がありました(ストーリーまでは覚えていません)。
「おけさ唄えば」という歌についてもハッキリとした記憶はありませんが、「橋 幸夫」さんのCDも色々とありますので、その中の一枚くらいには収録されていたかもしれませんので、今度帰ったときに探してみてもしあればヲアニーさんに聴かせてあげます。
「沓掛時次郎」は、大川橋蔵さんが「銭形平次」以外のテレビ番組に久々に主演された時代劇(単発、2時間?)として見た憶えがあります。
大川橋蔵さんの出演されたテレビ番組は「銭形平次」以外にどのような作品があるのでしょうか?

サムソン 9/2
「おけさ唄えば 」(この歌は私も覚えていて歌えますヨ^^)について、橋幸夫さんのファンサイトのページの1つに関連の記述が少しありました。
    ttp://yumenet.or.tv/SBs5.html
確かに、これが映画のタイトルになって市川雷蔵さんと競演したとあります。(このあたりはヲユキさんがご覧になっているかも、ですね)
写真を見ると、時代劇用のメイクや髪型のせいもあると思いますが、橋さんと雷蔵さんはそっくりです。
民謡の"佐渡おけさ"をモチーフとした歌では三波春夫さんの「チャンチキおけさ」もありますね。「おけさ唄えば 」のように、これも賑やかなようでいてしんみりとする歌でした。

先日来、口ずさむ歌 ヲアニー 9/2

ヲユキが書いているとおり、短波の聞けるラジオを、週1回、15分の番組を聞くために親に買ってもらった。受信状況が悪く、スピーカーに耳を近づけて聞いていたことを思い出した。

♪こいぃつぅを〜 歌ぁう〜と 泣〜けるぅのぉさ〜 遠〜くは〜なれぇて〜 お〜もうぅのぉは〜…
先日、サムソンさんのおかげで思い出した「おけさ唄えば」を、通勤の車の中で口ずさんでいます。
調べてみると、映画の主題歌だったのですね。俳優は、市川雷蔵、中村珠緒、水谷良重とともに、橋幸夫が「おけさの半次」役で出演していました。
映画は見たことはないのですが、ラジオでこの歌をよく聞きました。今度、カラオケでこの歌を真っ先に歌おうと思っています。


それで・・・ ヲユキ 9/1

ヲアニーさんは〃兄弟〃の私にテープレコーダーを譲ってくれたのですネ。
ヲアニーさんが父(母か?)に買ってもらったもう一つのアイテムに、短波ラヂオがありました。
あれ無くしても、その後のヲアニーさんの人生は今と違っていたかもしれませんネ。

ヲアニーさんのプレーヤーは懐かしいですね、私も同じタイプのプレーヤーを持っていました。
プレーヤーで思い出したのですが、私が社会人となって初めて買った物はテレビ(モノクロ)でした。
と言っても、まだ勤め始めて数ヶ月、キャッシュで払える筈はありません。
それよりも何よりも、こういった物を買ったことが無くどのようにして買えばよいのかも判らず、父の良く買い物をしていたソニーの電気店に一緒に行ってもらいました。
その時に、展示してあった製品に「エアポート」と言う名のプレーヤー(ラヂオ、カセット付き?、展示品を眺めただけですので詳細は?)がありました。
その名の通り(夜のエアポートのイメージ?)、表示部分に赤、黄、緑のダイオードが沢山光った美しいプレーヤーでした。
それまでは、電気製品の光る部分は電球に色レンズをつけて発光する製品しか見たことはなく、本当に美しく思いました。
テレビを買いに来たのですが、プレーヤーにしようかと考えましたがテレビより値段がはるかに高く、購入は諦めました。
父に分割払いの手続きをしてもらって(代金はもちろん私が払いましたよ)テレビを購入しました。
その後、私もヲアニーさんと同じタイプのプレーヤーを購入し、かなり長い間それでレコードを聴いていました。